【書評】 『グッバイ艶』南川泰三著

AAI Fundさん
AAI Fundさん



自分の恋の穏やかさにホッ


 どうやら、人というものは一人一人が、小さなブラックホールのようなものと似ているらしく、ある境界の外で接していれば、どうということもないが、一歩、それより中に踏み込むと、とんでもないことを眼(ま)のあたりにすることとなるようである。

 あるいはまた、この世に生を受けたもの、それを、ぐっと至近距離で、みつめたりすれば、すべてグロテスクな相貌を表す、ともいえる。

 まして、エゴとエゴとが裸となって、もつれ、からみ合う恋ともなれば-。

 この『グッバイ艶(えん)』は、ある恋の物語、である。男と女、100のカップルがいれば、100とおりの恋のかたちがあるのだろうが、この「告白的私小説」で語られる恋は濃度が極めて高い。恋愛計測器というものがあったら、メーターがふり切れるほどの危険数値といえるだろう。

 時代は1960年代後半。私も同時代に青春の日々を送っていたので実感があるが、このころの街は妙な活気にあふれていた。未成熟ゆえの熱気というか、半ば、ヤケッパチの、自由な風が吹いていた。

 この、ヒリヒリするような、一瞬たりとも気の抜けない、ガチンコの恋の物語は、68年の冬に幕があく。

 酒を飲ませればだれとでも寝るという、色白、豊満な肉体の持ち主、艶という女の部屋を、下心満々の一人の若者が、人の噂そのままウイスキーのボトルを手に訪ねる。

 この主人公、泰さん、大阪から東京に出てきて5年、かけだしの放送作家で25歳にして童貞。

 一方、艶さん、酒なしでは生きてゆけない、奔放で極めてデリケートな女。

 2人の切羽つまった恋のゆくえは-。

 また、裸で抱き合い、求め合い、何度交わっても、解き明かせない、人の心の謎とは-。

 この『グッバイ艶』を読む人は、きっと過去の、あるいは現在の自分の恋を思い浮かべつつページを繰ることだろう。そうして、多分、自分たちの恋の穏やかさに、内心、ホッと胸をなでおろすのではないだろうか。
AAI Fundさんのブログ一覧