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第29話「団さん。決算の数字が変なんです


前回までのあらすじ

 シンガポールのMTCラボに赴任した沢口萌は、MTCのCFO、細谷真理と一緒に、原価計算システムの構築に奔走していた。

 MTCの主力製品である「K01」は自動車メーカーからひっぱりだこで、大量の受注残を抱えていた。しかし、電気自動車の電池の技術は日進月歩で変わり、K01の製品としての寿命は、当初の予定よりずっと早くなる気配だった。

 リンダは、達也と組んでK01のアジアでの製造と販売を考えていた。しかし、達也はリンダのいる中国では、製品を製造しないと決めていた。リンダはそのことに大きな不満を持っていた。

 そんなリンダのもとに、UEPCのCEO、マイケル・ウッズから電話が掛かってきた。ウッズは、K01がUEPCの製品の特許を侵害していると言った。


シンガポール

「団さん。決算の数字が変なんです」

 真理は出来上がったばかりの月次決算書を達也に見せた。世界中からMTCラボに注文が舞い込んできたおかげで、月次の売上高は1億ドルを軽く超えた。だが、利益がついてこないのだ。

「税引き前で100ドルの赤字か。原因の調べはついたのかな」

 真理は「粗利が悪すぎです。萌ちゃんの計算ミスではないと思いますけど」と答えた。だが、言外に「ミスであって欲しい」との思いが伝わってきた。

 達也はスマートフォンを取り出して、電卓のプログラムを起動させ、数字のチェックを始めた。

「危惧していたことが、まさか現実になるなんて…」

 K01は、実質的に世界シェア100%の製品だ。世界中の自動車メーカーからの注目を浴びて、生産が間に合わないほどの受注残を抱えている。なのに赤字というのには、ワケがあった。

「早急に、K01の戦略を見直さないとね」
 だが、真理には達也が何を考えているのか、理解できない。

「K01があるから、電気自動車の走行距離は伸びるんでしょ。1リッターで20キロ走れるハイブリッド車が、K01を装着するだけで40キロも走れるようになる。毎年の走行距離が1万キロ程度の人にとって、年間7万円(1L=140円)のガソリン代が3万5000円で済むということですよね。もとはすぐにとれるのに…」



 すると達也が、こんな話を始めた。

「自動車産業のサプライバリューチェーンは裾野がものすごく広いんだ。しかし、利益率は思いのほか悪い。以前も言ったと思うけど、絶好調だった頃のトヨタも、日豊自動車も、粗利率はせいぜい20%程度だ。しかも、販売価格を引き上げると売り上げはガクンと落ちる」

 と言って、達也は最近の新聞記事を真理と金子に見せた。

 それは、世界のマイコンシェアの3割を持つ日本のメーカーが被災したため、自動車産業は大変な局面を迎えているという記事だった。

 マイコンとは、マイクロコントローラーの略で、システムLSIと並ぶ計算処理用の半導体だ。1つのチップの中には、データの入出力機能や記憶機能などが集積されている。自動車の場合、エンジンや変速機の制御用に使われるほか、カーナビやエアコンなどにも使われている。この会社は自動車向けで40%、白物や音響・映像などの家電向けで20%、産業機器向けで約25%の世界シェアを持つ最先端企業だ。

 この会社の茨城県にある主力工場が被災して、いまでも生産停止したままなのだ。6月半ばから生産を一部再開するというものの、フル生産に入る時期は決まっていない。

「すごい会社なんですね」
 真理は感心して言った。

「誤解を恐れずに言えば、iPadの生産が半年止まっても世界経済が混乱することはないだろう。しかし、この会社の生産が半年止まったら、大変なことになる。金子さん、そう思いませんか」

 達也が話を振ると金子は「インテルやこの会社がなくなったら、世界経済は止まってしまいます」と答えた。

 達也と金子の話を聞きながら、真理はこの日本のマイコンメーカーは、さぞかし高収益の会社なのだろうと想像した。だが、そうではなかった。

「この会社の去年の売り上げは4710億円で、564億円の赤字だった。ちなみにここ5年間連続して赤字なんだ。おそらく被災した今年は、赤字がもっと増えるだろうね。

 アメリカのインテルはどうかというと、2010年度の業績は売上高が436億ドルで税引き前利益が180億ドルだった。1ドル80円換算で1兆4000億の利益なんだよ。最先端の半導体を製造しているのに、なぜこんなに業績の差が出てしまったのだろう。MTCラボも、このマイコンメーカーと同じ利益構造になってしまったのではないか。ボクはそんな気がしてならないんだ」

 このマイコンメーカーは「なくてはならない会社」なのに、なぜ赤字体質から脱却できないのか。そして、MTCラボはもしかして、この会社と同じ道を歩んでいるのではないか。達也は、真理にその理由を考えるようにと促した。

 真理は身じろぎもせずに考え込んだ。いつまでたっても答えない真理に、達也は答えを口にした。

「市場から遠くなるほど利益率は落ちていくんだ。このマイコンメーカーは日本の産業を支えていると言ってもいい。しかし、利益が出ない。累積赤字と借金で経営は火の車だ。

 なぜか。下請けだからだよ。自動車は半導体のかたまりと言われているよね。すべての機能は半導体で電子制御されている。自動車用の新たな半導体の企画は自動車会社主導で行われている。

 機能だけじゃない。コストも価格も自動車会社が上限を決める。部品会社はその枠内で、部品を作り込むんだ。これを原価企画とか、ターゲットコスティングとか言うんだけど、自動車会社の原価企画に組み込まれている以上、マイコンメーカーの利幅は限りなく少ない。なにしろ自動車メーカーは、乾いた雑巾を絞るほどだからね。しかも…」

 達也は険しい表情でこう続けた。
「膨大な設備投資が必要で、しかも、この設備を使用できる期間は短い。だから、毎年の減価償却費は多額になる」

 その後に続く言葉を、真理は予測できた。

「赤字だから減価償却の自己金融機能は働かない。次の設備投資には新たな外部からの資金が必要になる…ですね」

「その通り。K01を売り出す時、ボクはインテルの利益モデルを考えていたんだ。製品設計と生産技術と製造技術は外部へは出さない。だから高く売れるはずだった。

 だが、自動車会社は、K01も原価企画の対象と考えている。営業担当は、強烈な値下げ要請に屈してしまったんだ。その結果が、粗利率の低さに表れている。なんとかしなくては…」

 達也は頭を抱えた。

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