私小説

☆アキ☆さん
☆アキ☆さん
タイのサムイ島に来ている。

毎日暇だ。

相場は休み。

為替もやる気がしない。

文庫本片手にビーチで寝そべるしかない。

あとはネットで普段チェックしているブログを覗くぐらいか。

日本はGWのせいか更新も少ない。

周りは家族連れかカップルばかりで、一人で島に来ている酔狂な奴はオレぐらいだ。

長く滞在するうちに知り合いは増えるが、深い付き合いには発展しない。

旅人はお互いプライベートに関わらないようにするのが暗黙の了解となっている。

込みあげてくる孤独感を紛わすように昼間から浴びるようにビールを飲んでいる。

酩酊状態のまま、iPodで好きな音楽を聴く。

人生で一番リラックスできる瞬間。

ここでは草薙クンのように「裸になって何がわるい!」と騒いでも、留置所に入れられることはない。

隣のパンガン島では、トップレスの女達が砂浜で寝そべっている。

この緩い空気こそ南国だと思わせる。

虚構と現実の境界線が曖昧になるアフタヌーンの一時。

リアルな夢を見た。

昔、付き合っていた女が出てきた。

専業として生きる決意をしたあの頃…。

高円寺のカフェで待ち合わせた。

5分ほど早く到着したが、珍しく彼女は早めに来ていた。

* * * *

「そいつとはもう寝たんだ?」

「そんなの関係ないじゃない」

「じゃあ、寝たんだな」

「…」

沈黙が支配していた。

喉元にあったコーヒーを飲み込む。

相手の男にジェラシーなんて感じなかった。

ただ大きい鉛の塊が胸の奥底にズシンと落ちたような気がした。

彼女が誰とでも寝るような女じゃないことはオレが一番よく知っている。

それだけにショックは大きかった。

唇を強く噛んだ。

動揺を隠そうとした。

だが、隠し切れなかった。

「コーヒー、もう一杯、注文していい?」

「でも、ワタシ、もう行くけど…」

「これっきり会えないんだ?」

「会わないほうがいいかも」

彼女の瞳は濡れていた。

しばし、無言。

テーブルに自分の飲んだコーヒー代を置き、おもむろに立ち去ろうとした。

「いいよ、お金なんて」と言おうとしたが、黙っていた。

彼女は踵をかえし、そのまま雑踏の中に消えていった。

2杯目のコーヒーを啜った。

いつになく芳ばしかった。

うまく別れたじゃないか。

ひどく傷つけあったわけじゃない。

街が夕陽に染まっていく。

テーブルにコーヒーカップの長い影ができた。

「フッ、他のオトコとヤッちまったってか…」

呟いてみる。

残酷で無常な時間が過ぎていく。

今から走って追いかけようか。

矢も盾もたまらなくなった。

走って、追いかけて、叫んでみる。

「もう一度、最初からやりなおそう!」

それって、どこかのTV局の安っぽい恋愛ドラマみてーじゃん。

ダセー台詞にもほどがある。

一人苦笑い。

「やっぱり、オレにはあいつしかいないんだ」

一瞬、そんな気持ちに襲われた。

とことん女々しい奴。

ケッ、だらしねぇ。

もう一人の自分がせせら笑う。

こんなことになったのは自業自得だろ、と。

オマエの優柔不断さが招いたのだ、と。


2週間前に会社を辞めた。

東南アジア行き、パンコクINデンパザールOUTの往復チケットも予約してある。

「お土産は何がいい?」

今日、彼女に訊くつもりだった。

こみあげてくる切なさ。

まさか傷心旅行になろうとは。

このまま世界一周旅行でもしてやろうか。

そう思った。

帰ってきても、待っていてくれる女はいない。

底なし沼のような孤独な影が心をよぎった。


鞄からノートPCを取り出す。

為替と今日の日経の終値を見る。

商船三井が+2%の益。

香港ハンセン指数は前日比+0.2%高。

先月から仕込んである中国聯通、ペドロチャイナもおおむね堅調だ。

いつもなら自然と口元が緩むのだが、株価がただの数字の羅列にしか見えず何の感慨も沸かない。

そればかりかいったいオレは誰のために何が目的で生きているのかわからなくなってきた。

恋も投資もハイリスクハイリターン。

気がつけば余力のない全力買いをしていることが多い。

それだけに、終わった後、必ず痛いしっぺがえしを食らう。


気持ちを切り替える。

女なんていくらでもいるさ。

これでよかった。

なるようにしかならない。

無理矢理自分にいいきかせてみる。

失うものは何もない。

これからはもう会社に依存することもないし、自分独りで生きていくしかないと決意を新たにした。


隣のカップルの食べていたシフォンケーキが目に入った。

お世話になったアパートの管理人のおばちゃんにでも買っていくか。

ポケットの中の小銭を探った。

ヨレヨレの千円札しか見つからなかった。

La Fin
4件のコメントがあります
1~4件 / 全4件
アキさん、はじめまして。
おはようございます(^。^)

この私小説、とてもいいですね。
作品としてとても秀逸です。

世の中、結構シビアでもありますが、
突然、ほんわかしてたりもしますよね。
yoc1234さん
こんばんは。

現実と虚構の狭間で切なくなるでしょうね。

でも前向きに暮らしているみたいで、それはそれで幸せでしょう。

このまま小説が書けそうですね。
切なくなりました…

彼、立ち直って、新しい恋をして幸せになっていると信じてます
RX78G3さん
「フッ、他のオトコとヤッちまったってか…」 効くねぇ~。
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「今度ね、私、結婚するの」

「ふぅ~ん」

「じゃぁお別れだね」

「そう、何時も側に居てくれる人だから...」

是は実話。

15年も前だもう。
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