まず、最初に言っておくが、今回の兵庫県知事選挙では、ヤフーのニュースの出し方に問題があった。それは斎藤知事を応援するか、擁護するニュースが、数多く、それも同じニュースが、何度も表示された。
また、これとは逆に、対抗馬の立候補者のニュースは少なく、そして否定するか、反対するかのような、ニュースだった。
反省を求める。面白おかしければ、それでよいというのではない。多くの人が見ているので、政治には、中立であるべきである。これは、メデアとして、基本的な守らなければ、ならないことである。
それは、本文です。
なんとかしようと思っても、なかなかうまくいかない。それは、頭が洗脳された状態か、偏向した概念に凝り固まっているからではないか。
こんな時はなるようにしかならないと、頭に描くと、案外、気軽になるものだ。このことを、教えてくれたのが、沼田の沢浦さんだ。彼女は悩んでいる時に、「心配するな。世の中、なるようにしか、ならないんだから。気楽に考え、今の悩みの中で、そのまま、生きていれば、いいんだよ。」と教えてくれた。
簡単な言葉であるが、生活する上では、大切な言葉である。わたしも、口癖によく言っている。
困ったことがあると、「なんとかなるさ。」でその場をしのいでいる。
その中に、生活環境が変わってくる。正確には、刻、一刻と変わっているのだが、時が立経つと、前の悩みは消えてしまう。消えてしまうが、次の悩みが出てきている。まあ、こんなもんだ。悩みが生まれ、それが消え、そして次の悩みがでてくる。
まあ、それが、普通の人の心の変化である。そんな時に、なるようにしかならないと、言っていると、不思議と、なんとかなってしまう。何とかなってしまうというより、時間が経過して、次の悩みが出てきているのである。その時には、前の悩みは消えている。
これは悩みを辛さと置き換えても、同じである。辛い時でも、時間の経過とともに、その辛さは、次第に減衰し、やがて消えてしまうものである。
わたしの人生とは、こんなもんだ。後世の人の参考になるかな。
それと前に書いた、日々是好日、不自由を持って不足なしも参考にしてください。また、今目は、目の前にあることを、淡々とこなしてゆく。その中に死んでしまうだろう。こんなことでよいのでは。