バナナボート(6.10.28)6時49分

堅実さん

これは、ハリー・ベラフォンテのバナナ・ボートではなく、浜村 美智子です。彼女は、どこか妖しい、雰囲気がありますね。それは、なんなのか。


たいていの人が、「なんだこれは」と思う歌です。このままだと、わたしの一生の中で、この他には、変わった歌には出会わないでしょう。

子供の頃に、「あんみつ食べたい、食べりーバナーナ。」とか

腕とか足を、どこかにブツケテ痛いとき、「イデデ、いでで、イデデ、いでで、」なんて言ったものです。

 

バナナボート★浜村美智子(1958)*Banana Boat Song

https://www.youtube.com/watch?v=odemlbkl_tE  

 

(ウイキより)

浜村 美智子(はまむら みちこ 1937103[1] - )は日本の歌手。鹿児島市出身。

 

来歴・人物

大阪市玉造育ち。実家は町工場を経営していた。中学校卒業後、上京。高校生モデルとして活動していた時、ビクターエンタテインメントがハリー・ベラフォンテの楽曲『バナナ・ボート』をカバーさせるタレント「カリプソの娘」として抜擢される。浜村は歌手経験はなかったが「雰囲気が楽曲にあう」という理由で選ばれ、いわゆるキャンペーンガールのはしりであった。1957年、同曲でレコードデビュー。同曲は江利チエミらも競作として発売していたが、浜村盤は大きくリードする形で発売1ヶ月余りで18万枚を売り上げ、最終的に30万枚、現在までのトータルセールスではミリオンセラーを記録したとされる。

 

6件のコメントがあります
1~6件 / 全6件
堅実さん
風車の弥吉 さんへ

「この歌は、バナナ園で働く労働者が、重労働に耐えながら苦しさを紛らわせるために陽気に歌ったと聞いています。
奴隷制度の名残りを思わせます。」

そうですね。以前、ネットだと、思うのですが、見た記憶があります。

こんにちは。

この歌は、バナナ園で働く労働者が、重労働に耐えながら苦しさを紛らわせるために陽気に歌ったと聞いています。

奴隷制度の名残りを思わせます。
堅実さん
kouboudaisi さんへ

「バナナボート★浜村美智子
(1958)を初めて聞きました。昔ゴールデンハーフの歌っていたものは聞いた事があります。周りの黒人ダンサー風の人達も明らかに日本人男性ですが、その当時としては頑張って作った映像なのでしょうね。」

この浜村美智子のバナナボートは、何時の歌か分かりません。
テレビが出て来た後だと、思います。
そうすると、昭和40年代ですか。いや、画面からすると、もっと遅れてからだと、思います。昭和50年代より、最近では。
私が、バナナボートを、聞いた頃は、テレビの無い時代でした。



堅実さん
りす栗  さんへ

「妖しいおんなのひとは好きですか?」

これは、画面がそうさせているのか、薄暗いので、
何となく、怪しい雰囲気があります。

「昭和歌謡には今となっては不思議な歌詞が多数ありますが、現代の早口で聞き取れない歌詞に比べると味がありますね。」

これも、時代なんでしょうね。
今の歌は、カラオケでは歌いにくいです。
戦後の、この頃は、変わった歌がありました。
「イトマンテの夜」などです。

何時もお世話になっております。
バナナボート★浜村美智子(1958)を初めて聞きました。昔ゴールデンハーフの歌っていたものは聞いた事があります。周りの黒人ダンサー風の人達も明らかに日本人男性ですが、その当時としては頑張って作った映像なのでしょうね。

りす栗さん
おはようございます。

妖しいおんなのひとは好きですか?

昭和歌謡には今となっては不思議な歌詞が多数ありますが、現代の早口で聞き取れない歌詞に比べると味がありますね。

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