これは、小学生の時、新田の清水さんが、家に来て兄に話したことです。その時に、ラジオから流れてきた歌です。清水さんは、これからはこんな歌が世間で、広まると話しました。
清水さんは、これからの農業はどうあるべきかで、熱く語り、花野菜(カリフラワー)を、熱心に話ました。その時はまだ、カリフラワーは、日本には、出回っておりませんでした。そして、初めてカリフラワーを湯出て、醤油で、食べました。別に、美味しいとも、思いませんでした。
当時は、キャベツを、玉菜(たまな)と、呼んでました。このキャベツもその後、2年後くらいに、農家で栽培するようになりました。珍しくて、細かく刻んで、ウスターソース(この頃はウスターソースしか出回っていなかった)をかけて食べると、とても、美味しいと感じた。
ブロッコリーは、カリフラワーが栽培されてから、4年後くらいに、栽培されました。この頃は、キャベツが、盛んに栽培されました。おそらく、食事の洋風化が、進んでいたのだと、思います。
出世街道 畠山みどり
https://www.youtube.com/watch?v=R09dt3zVw4U
この頃は、戦後の混乱期から、少しずつ、我が国が立ち直ってきたころです。
そして、頑張ろうと言う、風潮が強かったときでもあります。
食糧難の時代に、麦飯に、昆布の佃煮と、小女子の佃煮、目指しを食べていた時代から、少しずつですが、食べ物も安定し、そして豊かになる。丁度、移行期でも、ありました。そんな時ですので、こんな頑張ろうという、根性ものが、受け入れられたのです。
歌は時につれ、時は歌につれを、感じます。