いくら。努力をしても、うまくいかない時がある。全て、裏目、裏目にでてしまう。たいていの人はこんな事が続くと、腐ってしまう。やけくそになり、生活は乱れて、だらしなくなる。挙句の果ては、犯罪に手を染めてしまう事さえある。
しかし、こんな時こそである。冷静沈着である。どうにかなるさ(ケセラセラ)
という、気持ちを持ちながら、毎日を堅実に、生きることが大切である。
ケセラセラは、映画「知り過ぎている男」で歌われている。サスペンス映画である。息子が、人質になっている時に、「ケセラセラ」(どうにかなるさ)を歌う。息子は人質である。こんな時は、どうにかなるさという思いで、歌ったのだろう。この歌の直後、人質の息子は助けだされる。
Que sera sera ケ・セラ・セラ
https://www.youtube.com/watch?v=2uBiLsQl8v8
(ウイキより)
『知りすぎていた男』(しりすぎていたおとこ、The Man Who Knew Too Much)は、アルフレッド・ヒッチコック監督による1956年のアメリカ合衆国のサスペンス映画。テクニカラー、ビスタビジョン作品。ヒッチコック監督のイギリス時代の1934年の映画『暗殺者の家』(原題同じ)を自らリメイクした作品である。
主人公である米国人マッケナ医師役をジェームズ・ステュアート、同夫人役をドリス・デイが務めた。作中でドリス・デイが歌う『ケ・セラ・セラ』は第29回アカデミー賞で歌曲賞を受賞した。