蠢動する悪い円安論
円安のおかげで景気回復、株高、日本復活ストーリーに対する確信が高まっているのに、またぞろお決まりの面子による悪い円安論が巻き起こっている。日本経済新聞は「円安にもほどがある」という特集を連載して円安批判に唱和している。テレビでは例えばTBSが日本衰弱の象徴としての円弱などという根拠薄弱な自虐的キャンペーンを張っている。NISA(少額投資非課税制度)投資の海外シフトなど、資本が成長力の弱い日本から逃げていき円安になるとの議論で円安が解釈されている。
しかし、日本の低成長力は今に始まった話ではない。2010年以降の円高時代には、巨額の資本が成長率が高い海外へと流出したのに円高が続いた。日本がだめだから円安になっている、という議論は成り立たない。日本の産業基盤を破壊し衰弱に導いた円高が大反転したことが、すべての事柄の基本線であるという明白な事実を、投資家だけではなく全ての国民に知ってもらわねばならない。
金利差、貿易収支では説明つかない円安
ドル円レートは、4月29日に1990年以来34年ぶりに1ドル=160円を突破、介入により日本が連休中の5月3日に151円台まで急落したものの、再度じりじりと円安により156円まで押し戻されている。円安の趨勢転換は困難との見方がメディアではもっぱらである。この円安の原因がはっきりしない。為替の専門家が根拠とする金利差や経常収支、貿易収支からは説明がつかない。
日米金利差は、長期・短期・名目・実質のどれで見てもすでにピークを打ち縮小傾向にある。また、日本は利上げ、米国はいずれ利下げの長期トレンドにある。今年前半に市場を襲った米国利下げ期待の剥落というサプライズは、既に織り込まれた。
他方、貿易収支、経常収支も長期改善が見えている。一過性のエネルギー価格、サプライチェーンが原因となった貿易赤字要因は一巡した。これからは円安によるJカーブ効果が効いてくる。例えば、台湾積体電路製造(TSMC)
円安を誘導するものは地政学、米国国益
なぜ、しつこく円安が続いているのか。金利差でもない、貿易収支でもない理由によって、日本円の相場先安観が形成されている。2022年春先から円の対ドルヘッジコストが急騰、日本の投資家が円ヘッジで米国国債を投資した場合、金利差を著しく上回るヘッジコストにより、1%以上のマイナスになる状況が2年にわたって続いている。ヘッジコストは市場が織り込んでいる相場観と見られるので、日本円には突如として金利差以上の先安観が形成され定着されたのである。
この円の先安観はどこから来ているのだろうか。それは地政学、米当局の意志としか考えられない。昨年6月、11月の米財務省による為替監視リスト(中国、ドイツ、マレーシア、シンガポール、台湾、ベトナム)から、対米貿易黒字第5位の日本が外れた。中国・台湾・韓国という地政学的危険地帯に集中しているハイテク製造業の産業集積を安全な日本に移転するしかない、という覇権国・米国の国家戦略遂行の手段が、この超円安の背骨にあると考えざるを得ない。
為替は果ではなく因である
市場関係者もエコノミストも、為替に関する因果関係を逆転させるべきである。為替は短期的には経済実態を投影して動くこともあるが、より長期的には政策意図により突き動かされるものである。つまり、為替は結果なのではなく、原因なのだということを知らなければならない。
かつて円高は、日本叩きの最有力の手段であった。当時、日本はデフレで円の購買力が強まっているのだから円高は当然だ、円高という現実を受け入れるべきだ、と多くのエコノミストが主張していた。
しかし、その円高が日本の競争力を奪い、企業とビジネスチャンス、雇用、資本の海外流出を促進し、日本の内需を痛めつけ、賃金に下落圧力をかけたことでさらにデフレを進行させた。円高とデフレの悪循環を断ち切ったのは、円安誘導を起点にリフレを実現しようとしたアベノミクスと黒田異次元緩和によってであった。
円安の先に日本大復活が見える
為替は将来の経済を決定する最も重要な手段である。日本の産業復興を切望する米国が、円安を誘導しているのだ。韓国が2008年から2013年の著しいウォン安の過程で飛躍的に競争力を強め日本のハイテク企業をなぎ倒したが、円安の定着は日本の劇的再台頭を準備するだろう。この軌道上には製造業立国として、サービス(観光)立国としての日本再登場が見えている。
円安は世界の需要を日本に集中させることで過去最高水準の設備投資の活況を引き起こしている。また、高収益と内外賃金格差により、企業の賃上げモチベーションを高め、デフレ脱却を確かにしつつある。それにより長期的には日本の強い円が復活する。日本は今の円安の僥倖を享受するべきであり、間違っても円高誘導など無駄な抵抗をするべきではない。
世界最大債権国の日本通貨、投機売りに勝ち目はない、円高再燃こそ警戒せよ
市場は投機を繰り返して落ち着きどころを探っているのではないかと考えられる。まず、地政学の理由により長期円安との相場観が形成された。投機を繰り返して円の底値を探っていると思われる。
円安投機は終盤か
日銀、政府は円売り投機に慌てふためく必要はない。日本はトルコなどの通貨脆弱国とは異なり、世界最大の3.1兆ドルの対外純資産国、米国国債を1.2兆ドル保有する世界最大の対米資産保有国である。この巨額の海外資産がもたらす為替益は甚大、官民合わせれば100兆円は優に上回るだろう。投機者も日本のこの懐の深さを知っている。円売り投機は終盤であるかもしれない。円安が日本の力強い回復を準備しつつある。
(2024年5月14日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン353号」を転載)
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