-奢侈品需要が目安になる-
(1)大西洋両岸、GAFAMとLVMHの繁栄
ハイテク株価の顕著な立ち直り
総悲観で始まった2023年の米国株式市場の大きな誤算は、GAFAMの復活とハイテク株の立ち直りであろう。コロナ禍以降、突出した技術革新と株価上昇で時代を牽引してきたGAFAMは、2022年はコロナ特需の終焉、スマートフォン需要の頭打ちに加えて、急速な利上げにより株価が急落、ブームの時代は終わったかと思われた。しかし、さにあらず、再度出直りが急ピッチである。
今年に入ってからの米国株価を見ると、NYダウは1.5%の上昇にとどまっているのに対して、ハイテク主体のナスダックは年初来17%上昇と大きく差がついている。
「ChatGPT」などAI(人工知能)の新しい技術が、新次元のイノベーションを引き起こすことが見えてきた。GAFAMや 半導体などのハイテク株が再び市場をリードし始めている。
「ChatGPT」などAIに使われる半導体GPUを一手に供給するエヌビディア
欧州ブランドコングロマリットの躍進
一方、目を欧州に転ずると、全くカテゴリーの異なるブランド企業の躍進が際立つ。
その代表であるLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンの株価は年初来で25%上昇して史上最高値の更新を続け、時価総額は4363億ドル(65兆円)と欧州最大の企業にのし上がった。フランスのLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンは世界最大のブランド企業で、全世界で20万人を雇用し、2022年度の売上高は792億ユーロ(11兆円)に上る。1987年にモエ・ヘネシーとルイ・ヴィトンが合併したことからはじまり、現在ではルイ・ヴィトン、フェンディ、ジバンシィ、ケンゾー、ロエベといったファッションをはじめ、ジュエリー、香水、酒類など幅広いカテゴリーで数多くのブランドを傘下に持っている。
最高経営責任者(CEO)かつ筆頭株主のベルナール・アルノー氏は、2023年版世界長者番付において推定保有資産額が2110億ドル(約28兆円)と、テスラ
一見好対照と見える米ハイテク企業と欧ブランド企業の大西洋両岸の躍進をどのように見ればいいのだろうか。実は根底で両者はつながっているのではないか。新産業革命で形成された膨大な価値がブランド品需要となって欧州企業に再配分されている、という構図である。
ドイツの歴史派経済学者ヴェルナー・ゾンバルトは、その著書「恋愛と贅沢と資本主義」において、贅沢が需要創造の契機となり、資本主義を発展させてきたと論じた。
需要サイドの分析に力点を置いた経済学者の卓見は、欧州ブランド産業の隆盛を、現在の資本主義経済の堅調さのメルクマールとして見ることに意義があることを示唆している。
根底で繋がる大西洋両岸企業
大西洋東岸の米国ではインターネット、AIなどの新産業革命が進行し、空前の生産性向上をもたらし、労働投入の必要量を著しく低下させている。また、技術革新はデジタル機器をはじめとする設備機器やシステムの急速な価格低下を引き起こし、企業は減価償却額のすべてを再投資する必要がなくなっている。GAFAMは巨額の収益を生んでいるが、事業を継続していく上での再投資の必要額は驚くほど小さい。
企業部門の生み出す価値の増大は、そのまま資金余剰の増加に結びついている。この豊饒ともいえる価値創造は、コロナパンデミックでも、資源価格やサプライチェーン分断による物価急騰でも、史上最速と言える利上げ・金融引き締めによっても、殆ど損なわれていないことが、明らかになりつつある。
この豊かな価値創造は、米国においては旺盛な消費を刺激し、広範な雇用機会をもたらすという好循環を生んでいる。金融引き締め下でも企業の求人意欲は強く、大半のセクターで雇用が増加している。4月の失業率は3.4%と戦後最低水準であり、雇用ブームが持続している。しかし他方では、富裕層に蓄えられた所得が一味違う高額品への世界的需要を引き起こしているのである。このような高額消費増大の流れが、日本においては大幅な海外からの観光需要の増加をもたらしている。
昨年は、コロナ禍の下での極端な金融緩和が、不動産や高級ブランド品、株式などの投機を引き起こしてきたとの批判が高まった。そうした観測にもとづき、金融引き締めが広範なバブル崩壊をもたらすとの警報が多くの専門家から発せられた。しかし、米国では1年間に合計10回、5%もの最速の利上げが行われたにもかかわらず、50年ぶりの低失業が続き、世界的にハイテクと奢侈品や観光など高額消費の需要が依然旺盛なのである。
(2)奢侈品需要がメルクマールに
稼いだ企業が需要を創造するとは限らない
新産業革命には、供給力の増加と需要増加という2面性がある。技術進化(=生産性の向上)により供給力は増大するが、需要の増加が伴わなければ、増加した供給力は活用されないばかりか、デフレギャップを高め、経済の収縮を招いてしまう。問題は技術進化を主導している企業が、必ずしも需要創造の担い手にはならないことである。企業が稼いだ所得が他のセクターに移転し、そこで需要増加の好循環が始まらなければならない。
過去においては、農業生産性向上の成果が他分野に移転、新需要を惹起した
過去200年間に米国の農業の労働生産性は50倍に高まった。その結果、100人のうち74人が従事していた農業労働者は200年間で2人へと激減した。農業労働生産性向上の果実は、他の部門に移転し、そこで全く新しい需要が創造され、農業から失業した72人の新たな雇用が生まれた。農業から解き放たれた労働者は工業、エネルギー・公益・インフラ産業、教育・医療・娯楽・プロフェッショナルサービス産業、金融・不動産産業など、以前には全く存在していなかった産業に配置された。
これらの新規雇用は人々の生活水準を飛躍的に高めるもので、それにより経済規模が大きく拡大した。
農業が200年かけた発展をハイテクは10年に圧縮する
人類はこの農業が200年かけて成し遂げた変化(年率2.0%の生産性向上)を、ハイテク分野において著しく圧縮して実現しつつある。2年で2倍というムーアの法則でハイテク産業の生産性が高まるとすれば、農業分野で200年間かかった変化がハイテク分野では10年間に圧縮されて起きることになる。急ピッチでの新規需要と新規雇用を創造し続けないと、直ちに供給力過剰の大恐慌に陥ってしまうのである。
米国で保たれている、価値創造と需要創造の好循環
企業の稼いだ付加価値は、(A)賃金上昇として家計に向かうか、(B)配当・自社株買いを通して株主に向かうか、(C)税収増等を通して国家予算に向かうか、多様なチャンネルを通して需要創造に繋げなければならない。
そして、今の米国では、この3つのエンジンが機能しているようである。企業は獲得した利益の大半を配当と自社株買いとして株主に還元し、株高と長期金利の引き下げを通して、家計消費の基盤を支えている。2022年のS&P500企業の株主総還元率(配当+自社株買い/株式時価総額)は4.6%、米国企業(非金融)全体の還元額は1.49兆ドル、GDP比6%と巨額に上り、株価を押し上げ、長期金利を引き下げて、消費を支えている。消費が堅調であることで雇用も好調、かつ適正な賃金上昇が保たれ、それがさらに家計を支えている。
また、昨年成立のChips法、IRA(インフレ抑制法)により、政府による産業支援支出が動き始めている。
ゾンバルトは別の著書「戦争と資本主義」において、戦争が大量の需要創造と規律ある供給体制の整備を推進し、資本主義を発展させた、とも論じている。ウクライナ戦争支援や米中対立も、米国の総需要を支える要素となっている。
このように米国における堅調な消費と雇用動向、および欧州奢侈品産業の好調さは、大幅な金融引き締めの後でも、世界経済の好循環がなおも維持されていることを示唆している。
(2023年5月8日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン331号」を転載)
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