・あなたは今、幸福ですかと問われたら、何と答えるだろうか。アナリストとして、いくつかの会社と対話すると、人手不足をどう克服するかが共通のテーマとなっている。もともと人材不足なのに、有力な人材が抜けていくとすれば、会社はもたない。
・なぜ辞めるのだろうか。今の仕事が合わない、もっとよい処遇がほしい、新しいことに挑戦したい、自分の能力を磨きたいなど、理由はさまざまであろう。
・有力な人材が抜けたらどうなるのか。待っていました、次は私の出番です、と人材が補充できれば何の問題もない。外部から適任者を採用できればよいが、ジョブ型の仕事の体制ができていないと、思うほどうまくいかない。
・9月に、JAVCERM学会で慶大の山本勲教授の講演を視聴した。テーマは、「従業員のウェルビーイングと企業価値」であった。社員のワークエンゲージメントが高いと、企業価値向上への貢献が強まり、収益性も高まる傾向がみられると分析する。睡眠を指標に、健康経営についての実証研究が紹介された。
・ウェルビーイングとは、何らかのよい状態にあることで、幸福と結び付いている。幸福度は何によって決まるのか。人の主観が作用するので、一概には規定できない。それでも、1)所得、2)仕事、3)健康、4)生活、5)つながり、などは誰にとっても重要であろう。
・筆者にとっては、①健康、②楽しみ、③両立、がウェルビーイングのコアである。両立とは、1)仕事と生活(ライフワークバランス)、2)仕事と楽しみ(余暇)のバランス、3)楽しみと経済のバランス、という意味である。
・生活のためには、経済が必要であり、そのためにはいやな仕事でも我慢してやらざるを得ない。仕事がなければ、そもそも生活が成り立たない。健康でなければ、生活が困難になる。負のスパイラルにならないように、ウェルビーイングを確保したい。
・企業のよさ(社会的貢献)は、一義的に雇用の提供にあり、雇用を増やす会社はいい会社であると考える。しかし、雇用した人材が報酬のために嫌々働いているとしたら、その組織のパワーは出ない。やる気を引き出し、生き生きと働けるなら、何倍もの付加価値を生み出しそうである。
・ワークエンゲージメントでは、働く人々に関する重要指標の平均値と共に、バラツキの度合いも大きく影響する。平均が高くても、バラツキが大きいと、生産性は低下するようだ。チーム全体に温度差がなく、生き生き働いていることが大切である、と山本教授は指摘する。
・山本教授は、健康や栄養をベースに、睡眠の時間と質を分析した。企業の特性や働き方は睡眠に影響する。睡眠時間の長さや質の良さは企業の利益率を高める効果を持つ、という結果を得た。これは興味深い。健康経営が企業業績にプラスの効果をもたらすという1つの証である。
・従業員のもっている能力をいかに引き出すか。人的資本は育成できるし、組織としてのチームがまとまれば、大きな力を発揮しそうである。実際、これを実践してきた企業は多い。かつての成長期には、ある意味で当然のことであった。それが、なぜ今問い直されているのか。
・成熟期、停滞期を過ごしているうちに、組織の活力が衰え、人材の活用が旧式になってきたとみられる。人的資本を活用する新しい仕組みを構築していく必要がある。ここにイノベーションが求められる。
・労働が苦痛ではなく、楽しみになりうるか。一人では大変であっても、チームとして会社として目標を突破できるのであれば、その時の達成感は大きい。それが次の成長につながろう。
・仕事の中身はどうだろうか。作業として、同じことの繰り返しであれば、慣れの中で、こなすことはできても、楽しさは低い。しかし、どんな仕事も単調な繰り返しという動作を有しているので、ここは避けては通れない。
・この繰り返しの中で、予想外のことが起こる。これにどう対処するか。イレギュラーが起きないようにどう工夫するか。新しい方策はないか。こうした非定型のことを考えていくと、脳は働いて活力が沸いてくる。こうしたモチベーションを組織として引き出している会社は楽しそうである。
・ワークライフバランスでいえば、仕事も生活の一部である。働き初めの若い時は、仕事が生活の大半を占めることも多い。仕事と生活の中に、①学びがあるか、②遊びはあるか、③成長が実感できるか、が問われている。
・満足度は、主観的である。自分が主体的に関わって、何らかの意思決定を参加していると、やる気が出て、判断力も磨かれてくる。こうなると、仕事が楽しくなる。逆に、仕事が楽しくないと、生活も、趣味や余暇も楽しくない。もちろん、生活こそ大事で、仕事はほんの一部であるという生き方もありうる。多様であってよい。
・会社は、その存在意義(パーパス)が改めて問われている。社員が求めていることと、会社が求めていることが整合的に合致しているなら、価値創造への人的資本のインパクトは大きなものとなってこよう。人的イノベーションに取り組む企業の株主となって、応援したい。
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