・12月のCFOフォーラムで、伊藤忠商事(CI)の鉢村専務CFOの話を聴く機会があった。商社といえばさまざまな事業を行っており、何が本業かが分かりにくい。かつては仕入れて売るというトレーディングフィー(取引手数料)は中心であったが、その後事業投資にシフトして、事業としてのポートフォリオでビジネスを展開している。
・10年前は大手4社(三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠商事)の中で、業界4位であったが、今はトップクラスに上がってきた。今2021年3月期は連結純利益で1位となろう。株価は上場来高値を更新している。PBR(株価純資産倍率)も4社の中で唯一1.5倍と、1倍を上回っている。
・生活関連消費を軸に、「か・け・ふ(稼ぐ、削る、防ぐ)」の経営を一歩ずつ前進させ、言ったことは必ずやるというコミットメント経営に徹してきた。非資源ビジネスで、№1を目指すという方針のもと、ポートフォリオを大胆に入れ替えてきた。
・実際、この10年で、新規投資 +4.6兆円に対して、エクジット(事業退出) -1.7兆円を実行した。ファミリーマート、ヤナセ、デサント、東京センチュリー、中国のCITICなどへの投資に力を入れた。一方で、油田、シェールガス、紙パルプなどからは資金を引き上げた。
・現状のビジネスモデル(BM)による経営努力、営業努力だけではまだ不十分であると認識している。次世代への投資がかかせないということで、この2年で600億円を,① 電力、蓄電池、② 次世代モビリティー、③ フィンテックやデジタルマーケティングなどのリテール、に投資している。
・例えば、ペイデイに25%出資した。代引きに代わる無担保後払いの決済方式を提供する会社である。AIを活用した与信で、すでに400万アカウントを確保している。蓄電池のバリューチェーンにも投資している。EV用電池のリユース、蓄電池システムの開発製造、AI活用型放電、太陽光発電などである。
・財務方針では、株主還元、成長性、有利子負債のコントロールを目指し、高ROEを実現している。ROEは15%以上で、格付けもBaa1からAAへ上げている。また、累進的配当を日本で最初に採用し、7年連続で増配を実現している。株価には常に気配りして、企業の成長性に疑念を持たれないように市場との対話に力を入れている。
・アクティビストの売りには堂々と戦った。実際、2019年1月に、CIの会計処理に不正があり、実態の企業価値は半分しかないというレポートをアクティビストが出した。先に売りポジションを作っておいて、ネガティブな情報を流し、下がったところで買い戻し、儲けるというやり方である。
・風説の流布による株価操作(マニピュレーション)ともいえる動きであった。すぐに反論し、一点の曇りもないと説明会で投資家に話した。法的措置もとるという姿勢で毅然と対応した。株価は1ヶ月程で戻った。
・今年1~3月のデサントのTOBでは、公開買付中に、会社の立場を説明会で解説した。敵対的買収でも、CIが正しいと思ったことは実行するという姿勢を貫いた。
・それまでデサントの再建に全面的に協力してきたが、創業家の旧経営陣が戻ってきてネガティブキャンぺーンを始めた。企業価値の向上に何が重要か。このTOBの必要性を個別に株主説明した。結果は2倍の応募あり、鉢村CFOの対話は功を奏した。
・7~8月のファミリーマート(FM)のTOBでも、投資家への説明に力を入れた。FMは子会社であったが、TOBで100%子会社にし、上場は廃止する。CIのコア事業と明確に位置付けるためである。
・親子上場の廃止は分かるとしても、事業としての位置づけ、TOBの価格の妥当性については説明が十分とはいえないとの意見もあった。そこで、現状でのBM、将来のあるべきBMについて、1Qの決算説明会で丁寧に説明した。
・FMの臨時株主総会で、3分の2の賛成が得られるかどうかは読み切れなかった。65%の賛成までは見込めたが、残りの35%が分からない状態であった。しかし、結果は95%の賛成を得た。CIの本業、コア事業としてFMを活かしていくことが評価されたのである。鉢村CFOは、ここでも説明責任の重要さを強調した。
・鉢村氏はCFOを6年務めている。CIは2020年4月に企業理念を「三方よし」に改定した。創業者である伊藤忠兵衛が近江商人であったことを、ど真ん中に据えたのである。ガバナンスでは、執行サイドの取締役を6人に減らして、社外取締役4人の計10名で構成している。
・親子上場(ダブルリスティング)については、それが必要とする場合には、1)経営の独立性を尊重する、2)独立社外取締役を半分以上にする、3)その合理性をガバナンスとして説明し開示する、としている。すでに、上場子会社7社のうち、6社について実行済みである。
・働き方では、サプライチェーンにおける人権の尊重、環境では調達供給の安定化とリサイクル、リユースへの対応、TCFDへの対応と実施のあり方など、いずれにおいてもテクノロジーの活用によるビジネスの進化に手を打っている。
・この20年の間、総合商社は新しいBMを追求してきたが、その中でCIのこの10年の取り組みは、違いを創って成果を出すという点で際立っている。BMの変革がかなりうまく回り出しており、カルチャーとして身に付きつつある。今後の成長戦略とそれを実行する経営力に注目したい。
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