アジアは労働力人口の増加が続く国と、減少に転じる国(中国など)が併存しており、両者で労働力の取引が起きる可能性がある。国際労働市場で中国の“爆買い”が始まれば、日本は中国とフィリピン人やベトナム人を取り合うことになる。中国台頭に伴い、アジアで初めて大規模な労働移動が起きるであろう。ボルネオの奥地まで海外出稼ぎの求人が来る。地球の隅々まで開拓されていく。2020年代、国際労働移動は“新局面”に入っていく。
1、アジアの長期人口動態
-生産年齢人口の減少-
世界の人口動態は、人口増加から人口減少へと劇的に変化している。第2次世界大戦後から2010年までは人口増加だが、2010年以降は“人口減少”の局面に移っている。この方向性は生産年齢人口(15~59歳)で顕著にみられる。特にアジア地域で顕著である(注、UN, World Population Prospects: 2017 revisionによる)。
アジア(東アジア+東南アジア)の生産年齢人口は、戦後50年間で9億1960万人増加したが、今後は逆に、1億8780万人減少へ転じる。大逆転である(表1参照)。
アジアの人口動態を仔細に見ると(注、特に断らない限り、生産年齢人口について)、人口増加が続く国と、人口減少に転じる国に大別される。図1に示すように、人口減少国は中国、日本、韓国、タイ、シンガポール等である。経済発展の先発国は“すべて”人口減に転じる。特に中国の減少が大きい。中国の生産年齢人口は2015年の9億3520万人から、2050年には6億9480万人へと2億4000万人も減少する。
これに対し、人口増加が続く国もある。インドネシアは3050万人増、フィリピンは3220万人増、ミャンマーは580万人増である。
人口減少グループは7か国で2億8940万人の人口減少が起きる。これらの国では持続的な経済成長を実現するには大きな省力化イノベーションか、低生産性部門(産業/地域)から高生産性部門への労働力移動、あるいは移民の受入れしかない。人口増加国と人口減少国の間で、労働力人口の交流が起きるのではないか。
2、中国の沿海部は人手不足、ソリューションは何か
中国は労働人口大国であり、これまで国際労働市場で労働力の供給国であった。しかし、今後は労働力の輸入国に転じる可能性がある。生産年齢人口の減少に加え、経済発展に伴う労働需給の逼迫、賃金上昇が大きいからだ。
中国の沿海部は労働需給が逼迫、人手不足である。沿海部は経済発展、特に第3次産業の成長が著しい。表2にみるように、この数年、第3次産業は実質7~9%成長が続いている。サービス産業は雇用吸収力も大きいので、就業者数は8~9%の伸びが続いている(注、製造業の就業者数は横ばい)。その結果、沿海部の都市部の総就業者数は6~7%で伸びている。
一方、農民工の流動は減少気味である。沿海部は内陸からの農民工流入で経済発展してきたが、今や内陸も経済発展し、沿海部への農民工供給は増えなくなっている。生産年齢人口の減少、雇用吸収力の高い第3次産業の成長、農民工流入の限界と、沿海部の労働力は需給両面から逼迫要因が強まっている。
機械化、ネットワーク経済の技術進歩でイノベーションが俟たれるが、はたして人手不足を労働節約型技術進歩ですべて相殺できるであろうか。製造業は労働集約型業種の追い出し(海外あるいは内陸移転)に加えて、機械化・ロボット化が急速に進み、雇用数は横ばいである。しかし、第3次産業は発展のスピードが高く、かつ雇用吸収力も大きいので、技術進歩による省力化だけで雇用量を横ばいにするのは難しいのではないか。ソリューションとしては、やはり労働力の輸入に向かう可能性があると考える。(拙稿「中国が労働力を輸入する日」及び「続・中国が労働力を輸入する日」参照)。
技術進歩は労働者を減らすか否か、大きな論争があるのは事実である。例えば、2030年までに(2016年比)、米国、ドイツ、日本は25%、中国は16%、インドは9%の労働力が自動化されるという予測もある(米MCKINSEY GLOBAL INSTITUTE)。しかし、中国沿海部は2030年までに、生産年齢人口10%減少、第3次産業8割増加(年率5%成長仮定)が見込まれるが、それを織り込んで雇用量16%削減、人手不足なしを達成できるであろうか。(注、GDP成長率1%を選択するならバランス)。
海外出稼ぎ労働者は、収入を求めて出稼ぎに行くのであるから、低賃金の国にはいかない。従来の中国はその対象にならなかった。「中国が労働力の輸入国になる」など、誰も夢想だにしなかった。しかし、今や沿海部の賃金は中進国を大きく超え、しかも格差が大きく、日本より高所得の人が沢山いる。外国人労働者を吸引できる賃金になっている。賃金水準という前提条件が成立し始めたので、誰も想定しなかった事態が起きる日が近づいたのである。
3、ボルネオ先住民の海外出稼ぎ
マレーシア領ボルネオ島は、戦前的古い知識でいえば、南方の未開拓地である。しかし、北西部サラワク州の州都・クチン市は人口60万人の大都会である。「オラウータンの島」と思っていたら、街を歩くと、先進国欧州の風情、民度の高さを感じさせる町である。赤道近くに位置する熱帯の島で、このような町が形成されているとは夢にも思わなかった(拙稿「(サラワク訪問記)日本に直結した経済発展と環境問題」(2013年)参照)。
しかし、内陸に行くと、熱帯雨林生い茂る未開発地であり、先住民の村が点在している。しかし、ここにも、海外出稼ぎ労働者の求人が来る。虚を突かれた思いがした。国際労働市場は地球の隅々まで浸透している。実にワールドワイドだ。「全球的」という言葉が一瞬、脳裏をかすめたものである。
先住民の村にも、出稼ぎで海外に行った経験者がいて、出稼ぎ収入で買った家電製品が自慢の種であったり、伝統的な住居であるロングハウス(長屋)を修復した住民がいる。それを見て、後続の人が現れるのである。
行先は、シンガポールが多いが、オーストラリア、中東、香港もあるようだ。正式な労働許可は取らずに、不法滞在型の渡航のようだ。就職斡旋業者がいる。職種は、シンガポール、オーストラリア、香港は美容師、メイド、建設関係など、中東は看護師、建設関係、石油採掘の現場の仕事などである。シンガポールは近いので、いつでも直ぐに帰国できると、精神的に楽な気分で出稼ぎに行くようだ。
賃金は、ボルネオの最低賃金は950リンギッド(2万9800円)であるが、シンガポールに行けばSドル1200~1300(11~12万円)、中東では一般の仕事でUSドル1500~1600(16~17万円)、石油採掘現場でUSドル3000(33万円)程度である。住み込み、食事付きで、もらった賃金は貯蓄して持って帰れるというのが応募の理由だ。先住民族の人は、イスラム教徒ではなく、食べ物や宗教的な問題がなく、また、農作業や重労働に慣れているので、真面目でよく働くと評価されているようだ。
筆者は愚かな質問をした。「海外出稼ぎに行くのは、所得インセンティブが効いているのか、それとも外国文化に憧れて出稼ぎに行くのか」。オラウータンの森の住民ということで、貨幣経済への反応は低いのではと思ったのである。先住民を前近代人という差別に近い考えに支配された恥ずかしい質問であった。出稼ぎ経験者の豊かな生活を見ているから出稼ぎに出たのであり、労働賃金が高いところに応募する。
(注)本節はNPOボルネオ熱帯雨林再生プロジェクト理事長酒井和枝氏に負うところが大きい。
4、世界労働市場論の新局面
◇アジアで初めての人口大移動の時代
EUや米国では、国際労働移動は早くからあった。EUは域内の自由化、域外からも移民を受け入れてきた。米国はヒスパニック系をはじめとして全世界から外国人材を受け入れてきた。
アジアは従来、労働力の出し手であった。人口稠密であり、かつ人口増加が続いてきたので、海外出稼ぎ労働者の送り出し側であった。しかし、2010年代に入って、急速に人口減に転換した。従来から、シンガポール、香港のように、人口小国では人口規模のピークアウト以前から外国人労働者を受け入れてきた。日本も少ないが受け入れてきた。しかし、今後は巨大人口国(中国)で人口減少が大きく進むので(2050年に向けて2億4000万人も生産年齢人口が減少)、かなり大きな人口移動が起きるのではないか。
図1に示したように、今後は同じアジア地区で、労働力が減少する国と増加する国が併存することになる。不足と過剰の両方があることが取引の誘因となる。加えて、出稼ぎ労働者の受入れは相手国への「経済協力」を意味するので(拙稿「続・中国が労働力を輸入する日」参照)、労働力不足の経済大国が受け入れに転じる可能性がある。
アジアの大規模な労働移動は、中国の台頭(経済発展)と人口動態変化(労働力減少)が引き金になる。労働力の増加一途から減少への転換、外国人労働者を吸引できる賃金水準への発展が、同時に起きている。しかも、これが人口超大国で起きるので、交流人口の規模が大きくなる。
これだけ活発な人口移動は、EU等欧米では前から見られたが、アジアでは初めてだ。しかも、巨大需要国がニューカマーとして現れ、これが未開発の奥地まで労働力供給源を掘り起こしていく。アジア初、そしてかって例のない大規模移動がみられよう。2020年代、国際労働移動は“新局面”に入っていくであろう。
◇外国人材の争奪戦の時代
中国の台頭が、大規模な国際労働移動を引き起こす。沿海地区都市部企業の就業者数は2億821万人である(2016年)。外挿法で機械的に試算すると、2020年には2億4000万人になる。仮に日本と同様、就業者の2%を外国人労働者に依存すると、中国の沿海部は2020年に470万人の外国人労働者を受け入れることになる。
今まで、労働力の輸出国だった国が輸入国になり、しかも日本の現状(128万人)の4倍近くを受け入れる。国際労働市場で470万人を需要するニューカマーの出現だ。仮にそうなれば、中国による労働力の「爆買い」が始まる。日本は中国とフィリピン人やインドネシア人等を取り合う競争となろう。外国人労働者の争奪戦である。
日本は競争力があるであろうか。出稼ぎ労働者が得られる所得は、日本に来る方が中国に行くより高いであろうか。外国人労働者受入れの競争力は賃金水準とその国の魅力(ソフトパワー)の関数であるが、日本は魅力を持たれるものがあるであろうか。中国の爆買いに対抗する手段を考えなければならない。
◇水平分業
中国の外国人労働者受入れは「水平分業」となろう。中国は沿海部と内陸部で経済発展の格差が大きく、また沿海部の中でも格差が大きい。沿海部は先進国の仲間入りしたとしても、内陸に遅れた地域があり、移行過程、過渡期の国である。中国全体してみれば、外国人労働者の送り出しもあれば、受け入れもあるであろう。
海外出稼ぎ労働者の職種は多様だ。家政婦、サービス、工場、建設現場、農業、等々。送り出し国はいずれかに比較優位を持つであろう。例えば、フィリピン人は家政婦、インドネシア人は建設現場、中国人は農業など(比喩としての例示)。
その場合、送り出し一方、受け入れ一方という一方通行ではあるまい。中国の場合、家政婦は輸入する、建設作業員も入ってくる。しかし、一方で、内陸からローエンドの労働力が日本やシンガポールを目指すかもしれない。つまり、「外国人労働者」と一括りにして捉えると、輸入もあれば輸出もあることになり、水平分業である。
以上は、労働力需給を軸に国際労働移動を論じたものであって、労働市場そのものの分析はない。各国の労働市場を分析することで各国の比較優位を明らかにする作業も魅力的な研究になろう。
(参考)
拙稿「外国人実習生が日本を支えている-日本人並み待遇でも競争力低下問題-」Webみんかぶ2017年12月19日付けhttps://money.minkabu.jp/63861。
拙稿「外国人実習生に支えられた野菜産地」『農業経営者』2018年1月号。
拙稿「外国人実習生の効果分析(茨城県農業の事例)-技能実習生は財産だ、後継者、高所得の決め手は実習生-」『農業経営者』2018年2月号。
拙稿「外国人実習生 農業の要に-ソフトパワー磨き競争力維持-」山形新聞2017年12月26日付け「直言」欄(7面)。
拙稿「日本は低賃金の国になってきた-外国人労働者受け入れの競争力低下どう防ぐか-」Webみんかぶ2018年1月17日付けhttps://money.minkabu.jp/64112。
拙稿「中国が労働力を輸入する日-Xデーは2020年代前半-」Webみんかぶ2018年1月29日付けhttps://money.minkabu.jp/64284
拙稿「続・中国が労働力を輸入する日-フィリピン人家政婦20万人在留-」Webみんかぶ2018年2月6日付けhttps://money.minkabu.jp/64389。
拙稿「奪われる外国人労働者-「安く雇う」から「人材採用」へ-」山形新聞2018年2月20日付け「直言」欄(7面)。
拙稿「外国人実習生受け入れ 日本の競争力低下」『農業経営者』2018年3月号。
拙稿「外国人労働者が日本を支えている」石橋湛山記念財団発行『自由思想』第148号(2018年3月予定)。
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