輸出が伸びているように見えるが、数量ベースでは伸びていない。農産物の輸出目標1兆円の前倒し論もあるが、実現は難しい。コメや牛肉など、マグニチュードの大きい品目の輸出がないと、農産物の輸出は伸びない。価格は高くても、製品差別化で輸出は可能だ。対中関係を改善し、中国市場の開拓が課題であろう。
1、農林水産物輸出1兆円は可能か?
安倍首相は農産物輸出に積極的である。そして、安倍内閣になってから、農産物輸出が増加しているとの説があり、「平成32年(2020年)までに輸出額1兆円水準を目指す」という目標を前倒し達成できるとの議論が多い。例えば、2015年11月に策定したTPP政策大綱では1兆円目標の前倒しを明記した。しかし、この輸出好調論は「農産物輸出は伸びている」という現状認識も、前倒し論も危なっかしい議論である。
表1に示すように、円表示で見れば、安倍内閣になって(つまり2013年以降)、農林水産物輸出は伸びた。2013年22.4%増、14年11.1%増、15年21.8%増である。しかし、これは円相場が51%も“円安”になった効果であり、ドル表示で見れば伸び率は小さい。この3年間でわずか9%増に過ぎない。つまり、数量ベースで見ると、輸出の伸びは大きくない。
日本の農林水産物輸出の実力は強くないと言えよう。“円レート次第”だと言うことである。今年、仮に1ドル=110円になると仮定しよう(5月10日現在109円)。仮に数量ベース(㌦ベース)で前年並みの6.5%増になるとしても、円ベースの伸び率は前年比3.2%減少になる(前年より円高になった効果)。これが現実的な数字であろう。
(出所)農水省ホームページ「平成27年農林水産物・食品の輸出実績」27年4月。円相場は日銀調べ。
(試算)2016年の輸出額は、仮に円相場が110円になれば、ドルベースで15年並みに伸びても(6.5%増)、円ベースでは3.2%の減少である。
仮に1ドル=110円として試算すれば、農林水産物輸出額が2020年に1兆円になるためには、今後5年間、年平均8%(㌦ベース)で伸びていかなければならない。これまでの実績からすれば、極めて困難なことであり、非現実的と言えよう。1ドル=120円が続けば可能であろうが、110円以上の相場であれば、輸出目標の達成は無理と言えよう。1兆円達成は、仮に110円レートであれば、年率5%で伸びても(希望的観測)、2023年である。
従来より、輸出志向が強まっているのは事実である。また、実際に、輸出努力も増えてきた。この事実は評価したい。しかし、上述のように、最近の農林水産物輸出論はあまり根拠のある議論とは言い難い。
2、加工食品や水産物の輸出が多く、農産物は少ない(品目別)
表2は、品目別の農林水産物の輸出額である。2015年の「農林水産物・食品」の輸出額7,451億円のうち、じつは“農産物”は2,210億円に過ぎない。水産物2,757億円、加工食品(アルコール飲料、調味料、清涼飲料等)2,221億円である。つまり、製造業(加工食品)や水産物の輸出が多いわけであり、“農産物”は3割に過ぎない。
これは、コメや牛肉など、農業の“大型商品”が輸出できていないからである。JETROの石毛博行理事長の表現を借りれば、「マグニチュード」の大きい貢献がある輸出品目がないからである。品目別に見た農林水産物輸出は、今後の戦略目標がどこにあるかを示唆していると言えよう。
(出所)農水省ホームページ「平成27年農林水産物・食品の輸出実績」27年4月。
3、製品差別化が貿易を創り出す
筆者は繰り返し、コメの輸出産業化を述べてきた。例えば、拙稿「コメ輸出産業化こそ究極の農政」(時事通信発行、農業情報誌「アグリオ」第30号、2014年10月7日発行)。あるいは当WEBサイト2011年4月22日付け拙稿「コメ輸出100万㌧論(2)‐中国は高いコメを輸入する」。
貿易は、内外の価格差によって生じることが多いが、「製品差別化」も貿易を創り出す。日本の自動車は輸出競争力があるが、内需の4%は輸入車である(20万台)。価格は日本車より100万円以上も高いにもかかわらず、ベンツやBMWなど欧州車が年間約20万台も売れている。欧州車に魅力を感じる人がいるからだ。中国も、2000万台の内、100万台は欧州からの輸入車である。消費者の約5%は“非価格選好”である。
日本のコメも、中国で売れるはずだ。中国は土壌や水質の汚染問題が厳しく、「食の安全性」が大きな関心事になっている。日本のコメは美味しい、安全という評価があるので、製品差別化によって中国で売れよう。“現状の価格水準”でも輸出できるであろう。それなのに、なぜ中国向けコメ輸出はないのか。政治が邪魔しているからであろう。日中関係が正常化すれば、「マグニチュード」の大きい農産物輸出品が出現しよう。1兆円輸出目標の達成も難しくないであろう。
リンゴや梨など、果物の一部は早くから輸出されてきた。しかし、桃やさくらんぼ等も輸出できるだろう。海外産と製品差別化が大きいからだ。牛肉(和牛)も然りだ。物流のコールドチェーン技術の発達の効果も大きい。価格はもちろん、日本産が高い。しかし、経済発展に伴い中間層が分厚くなっている東アジア諸国では、価格は高くても、安全で美味しい日本の農産物への選好は強い。市場開拓の努力はもちろんであるが、もう一つ、「製品差別化が貿易を創り出す」という理論で輸出戦略を立てた方が良い。
経済発展が続き、中間層の所得の伸びが大きい東アジア諸国に向けて、日本は「食料輸出基地」になるであろう。コメ、牛肉、果実などマグニチュードの大きい農産物の輸出市場開拓はこれからだ。そうなった時、農産物の1兆円輸出目標は軽く達成されよう。既に製品差別化は十分だ。コールドチェーン技術も十分だ。あとは、地域の平和、なかんずく日中関係の正常化があれば、日本農業は“輸出産業化”で発展できる。
4、付論:日本の中国論と世界標準
表3は、米国Pew Research Centerによる国際世論調査である。日本の中国論は決して国際標準ではないようだ。日本の対中国好感度は世界で最低と言ってよい。世界では54%の人が中国に好感を持っているが、日本はわずか9%である(2015年)。2012年以降、急速に対中好感度が悪化している。こういう状況下で、日本の中国認識が国際標準に達するのは難しいのではないか。実際、中国市場で、独り日本だけ沈んでいる。やはり、日中の政治的対立が経済に影響しているからであろう。
日本の農業が輸出産業化し、農業発展を軌道に乗せるためには、ここに問題があることを理解しておかなければならない。人口14億人、経済発展に伴い巨大な輸入吸収力を持つ中国を抜きにして、日本農業の輸出産業化は限界がある。日本農業の発展には対中関係の正常化が不可欠である。
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