新潟農業は3つの危機に直面している。コメは産地間競争、水田のビッグ・イノベーション、政府保護システムの破綻が進行している。新潟の農家はコメ・モノカルチャー構造のもとで醸成された経営感覚の遅れが問われる時代になった。
前回論文では規模拡大の遅れを指摘したが、今回は品種開発等の産地間競争を中心に新潟農業の問題点を分析したい。産地間競争の活発化は国際競争力向上、TPP対策になろう。
1、コメの品種開発競争
‐新ブランド米登場‐
新ブランド米が続々登場している。日本穀物検定協会の食味ランキングによると、最高ランクの「特A」を獲得した銘柄米が近年増えている。特Aランクは2000年(平12年)には11銘柄に過ぎなかったが、2010年は20銘柄、2014年は42銘柄に増えた。特に2011年(平23年)から北海道、九州で顕著な増加が見られる(表1参照)。
中でも、2011年(平23年)にデビューした北海道の「ゆめぴりか」の評判が高い。相対取引価格は玄米60kg当たり、2015年2月1万6147円である。全国全銘柄平均1万2044円に比べ、4100円(34%高)も高い(表2)。
山形産「つや姫」も強い(2010年特Aランク入り)。相対取引価格は1万6419円である。全銘柄の中で、一番価格が高いのは新潟産「魚沼コシヒカリ」1万9389円であるが、2位は「つや姫」、3位は「ゆめぴりか」である。新潟産コシヒカリ(一般)は1万5561円であり、「ゆめぴりか」や「つや姫」は魚沼コシを除く新潟産コシヒカリより高い評価になっている。「新潟産コシヒカリ」の地位が揺らいでいるように見える。
なお、平成26年産米は過剰供給で価格が暴落しているが、高価格帯米は価格下落率が小さい。ブランドを形成していると考えられる。平成26年産米の価格は、2015年2月は全銘柄平均で前年同月比16.9%の下落である。これに対し、「つや姫」△1.5%、「ゆめぴりか」△7.1%、「魚沼コシヒカリ」△7.1%と価格下落率が小さい。
◇販売戦略
高価格は食味の良さからだけ来ているのではない。販売戦略も効いている。「ゆめぴりか」は品質基準が設定されており、基準を満たしたコメだけをゆめぴりかの名前で販売する。毎年25%が基準外になり、ブレンド米の原料に回る。品質管理は厳しい。
また、「ゆめぴりか」の生産は北海道内に限定されている。ホクレンは種子を他県に渡さないだけではなく、道内でも上川・空知地区に限定している。山形生まれ「つや姫」が全国各地で生産されているのと対照的である。全国で生産量を増やし、「つや姫」の知名度を上げる戦略である。
じつは、最高級ブランドである新潟産「魚沼コシヒカリ」も、高米価維持のため「量を絞る」動きがある。高所得層が減って、高いコメが売れ残ることがあるからだ。その場合、売れ残りを防ぐため、価格を下げて売るケースも出てくる。卸流通から「価格を下げず、量を絞ってくれ」と要望があるようだ。
コメ余りの時代である。供給を抑制的にすることが、ブランド維持につながっている。
2、新潟コシに挑戦する北海道産米
◇きらら397は魚沼コシの半値、ゆめぴりかは2割差に追い上げる
従来、北海道産米は美味しい米ではなかった。生産量は全国1、2位を争うが、食味が悪く、価格は安かった。例えば、まだ「きらら397」が北海道の最良品種であった2006年産米(平18)では、「きらら」1万2823円、宮城ササニシキ1万5183円、新潟コシヒカリ(一般)1万8272円、魚沼コシヒカリ2万6399円である。北海道産米の価格は魚沼コシの半分であった。
それが先述のように、わずか10年も経たずして、「ゆめぴりか」の評価は新潟コシヒカリ(一般)を超え、魚沼コシを2割差まで追い上げている。北海道の人々は、米生産量全国一であるにもかかわらず、以前は全国の米を食べていたが、今は新品種の普及で道内の米を食べている(注、2000年当時、道民のコメ消費に占める道産米の比率は約4割、今は9割)。
北海道は1980年代から、美味しい米を目指して品種開発を本格化した。北海道産米の生産高が新潟県を超えて日本一になったのは1961年(昭36年)である。しかし、その後、技術進歩によりコメは全国で過剰供給になり、1969年(昭44年)から「減反政策」が始まった。そこで、北海道の稲作は生き残りをかけ、1980年(昭55年)から食味の改良を目指す「優良米早期開発事業」をスタートさせた。道立上川農業試験場で、粘りが強く味の良い低アミロース品種の育種を目的とした。
その成果で、1988年に「きらら397」が誕生した。きらら397はまずい北海道産米のイメージを一新する品種となった。きらら397を皮切りに、「ほしのゆめ」(1996年)、「ななつぼし」(2001年)、「ふっくりんこ」(2003年)、「おぼろつき」(2005年)などの優れた品種が続々と登場、その代表格が2008年誕生、2009年に本格生産が始まった極良食味米「ゆめぴりか」である。「ななつぼし」は2010年、「ゆめぴりか」は2011年に「特A」ランクを獲得した。
「ゆめぴりか」は、味の良さは「こしひかり」、耐冷性は北海道生まれの「キタアケ」のDNAを受け継いでいる。育種にかかった時間は12年である。コメは研究開発の成果が出やすい作物である。技術は日々進歩している。
◇大規模経営の北海道産米の価格競争力
北海道産米の強みは「規模の利益」による“低生産費”である。新潟コシヒカリを栽培する農家の経営規模は2~3haが多い。これに対し、北海道の米どころ上川・空知地区の水田農家のサイズは15haの大規模経営である。
稲作は土地利用型の性格上、規模の利益が大きい。新潟を含む北陸地方の10a当たり生産費は13万6950円であるが、経営サイズの大きい北海道は11万3405円である(平成25年産米)。玄米60kg当たりは、北陸1万5440円に対し、北海道は1万2085円である。約2割、低コストである。規模のメリットは大きい。
北海道産米は、今後一層のコストダウンが進むであろう。上川・空知地区の「ゆめぴりか」農家の単収は10a当たり8~9俵である。しかし、その周辺で単収13俵(ゆめぴりか)を実現している農家もある(筆者ヒヤリング)。普及所はその技術移転を模索している。多収技術が普及し技術の高位平準化が進めば、さらに2割近いコストダウンも可能である。つまり、新潟コシヒカリに比べ、北海道産米の生産費は35%も低コストになる。
北海道産米の食味は新潟コシヒカリに近づいてきた。加えて、規模の利益から、圧倒的なコスト競争力を持っている。北海道の研究開発努力が、新潟コシヒカリの独占を脅かしていると言えよう。
3、地域農業に占めるコメの比重
◇コメは構造調整の優等生?
意外に思われるかもしれないが、政府の保護行政を指摘されるコメ農業も、長期的に見ると、構造調整が大きく進んでいる。図1に見るように、全国のコメ生産額はピーク時(1994年)の3兆8249億円から、2013年1兆7807億円に減った。20年間で半分以下になった。コメ消費の減少に対応して、産業規模は大きく縮小したのである。
新潟県のコメ生産額も、1994年の2976億円から、2013年1499億円に減った。全国に比べると減少幅が小さいが、大幅な後退と言えよう。
◇農業に占めるコメの比重の長期推移
‐構造調整の進展(全国vs新潟の比較)‐
しかし、他県に比べ、新潟県の構造調整は緩やかである。農業全体に占めるコメの比重は、全国ベースで見るとピーク時の50%から20%に低下した。大変な構造調整である。これに対し、新潟県は70%から60%に低下したものの、低下幅が小さい。依然としてコメの比重が60%という高い水準にある。米モノカルチャー型構造が続いており、構造調整の遅れが目立つ。(図2参照)。
コメ生産額の減少を要因別に見ると(表3参照)、新潟県は価格下落の効果が大きく、生産量の減少は相対的に小さい。コメ余りの状況と産地間競争の中で、価格を引き下げることで生産量を維持した構図である。コメ過剰の時代には、新潟コシヒカリのブランド効果にも限界があると言えよう。
4、新潟の米モノカルチャー構造の問題点
コメの全国生産に占める新潟県のシェアは、1960年代の6%台から、2000年代には9%台に高まり、現在も8%台の高さにある(生産額ベース)。全国シェアの上昇は喜ぶべきであろうか?(農業全体のシェアは4%台から3%台に低下)。
新潟県の農業は“コメ特化型”である。これが問題である。
コメ農業は、消費の減少が続いており、また政府保護の後退も必須の情勢であり、一番の問題児である。新潟農業はこの問題児を大きく抱え込んでいるので、今後の農業を取り巻く環境変化があれば、一番大きな影響を受けることになる。
第1に、消費減少、減反廃止(2018年度)に伴い、コメの価格は下落の可能性が大きい。
第2に、産地間競争の激化。
第3に、水田農業のビッグ・イノベーションの進行。
前回(https://money.minkabu.jp/48954)述べたように、新潟県は全国に比べると、(1)農家の階層分解が進まず、規模拡大の遅れが見られる。これはコストダウンが進まない要因となる。(2)一方、品質面では、北海道はじめ他産地のキャッチアップが進んでいる。(1)(2)から、新潟のコメ農業は産地間競争における優位性が後退していく。新潟産コシヒカリは現状、圧倒的な競争力を持っているが、今のままであれば、今後競争力が揺らいでいく可能性がある。
もう一つ大きな問題は、水田農業のビッグ・イノベーションに適応できるかどうかだ。従来は、水田はコメを作っていればよかった。しかし、「水田だからコメを植える」という時代ではなくなりつつある。消費減少を前に“転作”の増加は避けられない。主食用から非主食用(飼料用米、米粉等)への転換、トウモロコシ等他の作物への転作に、コシヒカリ産地はうまく対応できるであろうか。また、乾田直播に技術を切り替え、農業機械を田畑兼用で使用することによりコストダウンを追求する動きも出てきている。
コシヒカリという強い品種を持っていたが故に、新潟はこの水田農業のビッグ・イノベーションの進行に出遅れているという印象がある。新品種開発競争の中でも、超高級品種コシヒカリを抱えていたが故に、停滞感がある。まさしく、イノベーション・ジレンマの帰結である。
また、コメは政府の庇護のもとに農業を続けてきたわけであるから、農家の経営感覚が磨かれていない可能性がある。大転換の時代に、他産地並みにうまく対応できるかどうか懸念が残る。こうした心配は杞憂であることを願う。2017年デビューを目指して、新品種開発を急いでいるようだが、期待したい。
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