円安対策を急げ!

著者:矢口 新
投稿:2014/11/10 10:44

もし、円安トレンドが続くとして、最も考えやすい対策は、これまでの海外調達、海外消費から、国内調達、国内消費への転換に対する対応だ。また、国産品に対する国内外需への対応だ。つまり、これまで海外に逃げていた資金が国内に帰り、新に海外の資金が入ってくる。私は国内産業が広く復活するとみている。

・円高の苦しみ

今の若い人たちでも、ドル円が360円で固定されていた時代があったことは知っているかと思う。1973年の変動相場制への移行後、円は上昇を始めたが、円が急騰するきっかけとなったのは、1985年9月に開かれた主要5カ国会議で決定された、ドル高是正の合意だった。当時の主要5カ国とは、日米英独仏で、これらの国々の蔵相がニューヨークのプラザホテルで会合を持った。それで、この日の合意をプラザ合意とも、外為市場では単にG5ともいう。

G5では、ドル高是正として、外為市場でドルが売られ、当時、経済的に躍進していた日本の円と、ドイツのマルクとが集中的に買われた。もっとも、市場介入だけで長期的な円高が始まった訳ではない。中央銀行とて、実体経済を背景にした実需に、長期にわたって勝てるわけではない。膨大な貿易黒字を背景とした実需の円買いが、円の長期トレンドを決定づけた。そしてドル円は2011年10月の75.56円銭まで下落した。
参照チャート:ドル円レート(1983年~2014年)
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2011年になっての燃料輸入の急増に伴い、日本は貿易赤字となり、円の実需の流れが30年ぶりに反転した。これまでの円買い超過が、円売り超過となったのだ。ちなみに、貿易赤字は、赤字から受ける印象とは違い、輸入総額が輸出総額を上回ったというだけの意味で、収益や損得とは直接には関係がない。現状のように、貿易収支が赤字でも、所得収支が黒字で、合わせて経常黒字というのは、むしろメリットの方が大きいのだ。私は、円の長期トレンドは貿易収支によって決定的ともいえる影響を受けるとしている。ドル円は長期上昇トレンドに入ったという見方ができるのだ。
参照チャート:日本の貿易収支(1950年~2013年)
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世界的な株高のなか、2012年に東証株価指数が29年来の安値をつけたことが象徴しているように、円高は日本経済を蝕んだ。ほとんどすべての製造業が何らかの円高対策を取り続けたが、円高は止まらず、日本を代表する大手企業も軒並み赤字を計上した。貿易黒字では、企業収益は大赤字だったのだ。その同じ企業が、円安転換で軒並み大幅黒字となった。
参照チャート:東証株価指数(1981年~2014年)
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円高では、世界で最も競争力があると言われていた製造業ですら競争力を失った。ましてや、ずっと競争力がないと言われ続けてきた農業が、世界と競争するには酷な環境だった。円高分だけで、日本の農産物は40年で4倍にも値上がりした(輸入品価格が75%引きとなった)。加えて、製造業には日本を捨てる選択肢があったが、農地は建国以来、日本国に張り付いている。ディスカウンターが安い輸入品で急成長し、日本人が海外旅行で安いサービスを享受する裏で、日本を離れられない産業は人件費を削り、押し並べて弱体化していった。


・通貨戦争

通貨戦争という言葉がある。為替レートは相対的なものなので、自国産業を有利に導こうと、政策で通貨安誘導することだ。通貨安を誘導していると米国などが認定すれば、それなりの制裁を受けることになる。

G5でドル安誘導を行ったように、米国はしばしば政策で通貨安誘導する。他の国々も同様で、通貨高にいつまでも耐えている国は皆無に近い。通貨政策は戦いなのだ。日本と共に最後まで通貨高に耐えていたスイスも、数年前に対ユーロでの通貨安誘導政策を採るようになった。日本がスムージング・オペ以上のことを行ったのは、1995年のドル買い介入だけだが、その時は、米国のドル高意向と一致した。

日本が円高に耐えてきたと書いたが、貿易黒字が実需の円買いを示していたので、輸出製造業は自分で自分の首を絞めてきたという見方もできる。あおりを食ったのが日本を離れられない産業だ。そう考えると、地方の衰退も、円高とは無縁ではなかったように思えてくる。

このところ、円安懸念の大合唱で、日銀の黒田総裁が「総合的には円安メリットの方が大きい」と弁明させられるような状況だ。私は、雇用市場の急改善だけをみても、円安メリットはとてつもなく大きいと考えている。それでも、円安に苦しんでいるという人たちは、先のG5以降のチャートをもう一度ご覧頂いて、円高で苦しんできた人たちに思いをはせて欲しい。このレベルではまだまだ、円高水準なのだ。ちなみに電気代値上げは、エネルギー政策の失態を、円安デメリットに転嫁させられていると見ている。

・円安というビジネスチャンス

円高不況で雇用が失われ、地方の衰退が加速していた頃でも、誰かにメリットがある、デメリットがあるなどとは関係なしに、実需やその他の為替レートの決定要因によって、円高は継続した。

同じように、今、円安懸念の大合唱をしたところで、決定要因はかまわず為替レートを動かしていく。円高に苦しんできた人たちが円高対策を採り続けたように、円安が苦しいのなら、円安対策を採ることを検討せねばならない。

してみると、この円安が続くのかどうかを見極めることが、ビジネスをピンチにもチャンスにも変えるといえる。通貨高、通貨安は外部環境だ。ビジネスとは、自己内部の事情や意欲と、外部環境とのすり合わせなのだ。

円の長期トレンドに最も大きな影響を与える要因は、日本の貿易収支だ。貿易赤字が続くと見なすならば、長期的な円安対策を考えた方がいい。

円の中期トレンドに最も大きな影響を与える要因は、日米金利差だ。皆さんが資金を借りる時に体験しているように、通常、金利は信用力がない方が高く払う。日米金利差の場合は、あたかも日本の方が信用力に優れているかのような状態が長く続いている。低利の円を借り、高利の米ドルで運用すれば、少なくとも信用リスクで得をしながら、金利収入も得られるのだ。そのことを反映し、日米金利差が開くと、低利の円を借り、高利の米ドルで運用するキャリートレードが増え、ドル円が上昇する傾向が強い。

ここで、2014年10月末に起きた「米連銀の量的緩和終了」と、「日銀の追加緩和」の組み合わせは、近い将来の日米金利差の拡大を強く示唆している。
参照チャート:量的緩和時期のズレで予想されること
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また、「日銀の追加緩和」の同日に、GPIFの資産配分の見直しを政府が承認した。この見直しにより、2013年末比で約17兆円の円売りが、年金投資の実需として出てくる見通しとなった。
参照チャート:GPIF資産配分見直しを公表
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個々の経済指標は挙げないが、米国は先進国で1人勝ちと言われる位、景気が回復してきている。そこが、先進国で最も高い金利を提供しようとしている。私はドルが売られる要因は、当面、買われ過ぎの自律反落くらいかと見ている。

もし、円安トレンドが続くとして、最も考えやすい対策は、これまでの海外調達、海外消費から、国内調達、国内消費への転換に対する対応だ。また、国産品に対する国内外需への対応だ。つまり、これまで海外に逃げていた資金が国内に帰り、新に海外の資金が入ってくる。そうなると、いずれはまた円高圧力になるかも知れないが、そんなことは、今、考えることではない。目先の転換点を見極めることが大切だ。

消費税率を再引き上げすると、消費は落ち込み、企業の調達コストも上がる。欧米の例では、景気の落ち込みで税収すら下がる。それでも恩恵を受けるのは、景気対策を直接に受けるところだ。政府の裁量が増すので、政府に近い人たちが支持するのも理解できなくはない。

日本全体、特にサイレント・マジョリティには辛いところだが、円安になると、国内産業が広く復活するとみているので、私は乗り越えられると期待している。

配信元: みんかぶ株式コラム