平和と貿易の関係 ‐日本の輸出減少についての一考察‐

著者:叶 芳和
投稿:2014/08/04 14:44

 中国向け輸出の落ち込みが大きい。年率8兆5000億円の輸出市場を失っている。独り日本だけ中国市場で沈んでいる。日中の「冷戦」が原因ではないか。平和を維持できていないため、財政金融政策の総動員で景気回復を図っているのではないか。日中冷戦のコストは大きい。8月は「祈り」の月である。

1、大幅な貿易赤字と輸出減少つづく

 アベノミクス円安にもかかわらず、日本の貿易は大幅な赤字が続いている。2013年度の貿易収支は10兆9710億円の赤字で、第2次オイルショックのあった1979年度以降、最大の赤字である。貿易赤字が膨らんでいるため、経常収支も黄色信号が灯り始めている。2010年度に約18兆円もあった経常収支は、2013年度はわずか8312億円である。

 為替相場は、安倍内閣前の1ドル=80円に比べ、アベノミクスの効果で1ドル100円台の円安で推移している(25%円安)。この大幅円安にもかかわらず、輸出の落ち込みが続いている。

図1 日本の輸出額の推移(円・ドル表示別)
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 図1に示すように、ドル表示で見ると、日本の輸出額は2011年の8196億㌦をピークに、2012年8012億㌦、2013年7191億㌦と減少した(注、安倍内閣の成立は2012年12月)。2014年上期も振るわず、年率換算6827億㌦である。

 一方、円表示で見ると、2013年の輸出額は69兆7742億円、前年比9.5%の増加である。輸出企業の売上高は大幅に伸び、業績改善で、株価も上昇した。しかし、それは1ドル80円から100円までの円安の効果で(25%円安)、円表示の輸出額が増えただけであって、輸出が伸びたわけではない。25%の円安にもかかわらず、円表示の輸出額がわずか9.5%の増加と言うことは、実質輸出はマイナスを意味する(ドル表示輸出額はマイナス10%)。輸出数量もマイナスであるから、生産も雇用も増加しなかった。

 アベノミクスは、円安→輸出増加→雇用・所得増加を期待するわけであるが、このメカニズムは働かなかったのである。タイムラグを伴って効果が現れることも期待されたが、それもなく、貿易収支の赤字が膨らんだのである。何故、理論通りいかなかったのか。

2、中国向け輸出8兆5000億円減少

 中国は、日本にとって最大の貿易相手国になっている。貿易総額で見ると、日米貿易は2022億㌦、日中貿易は3099億㌦である(2013年)。輸出額も、米国の景気回復で2013年は米中が肩を並べたが、2010年の対中輸出は1485億㌦(対米1178億㌦)、2011年対中1613億㌦(対米1253億㌦)、2012年対中1446億㌦(対米1405億㌦)と、日本にとって中国は最大の輸出先である。

 ところが、その中国向けの輸出が伸びなくなった。というか、むしろマイナスになってきたのである。中国向け輸出は、2011年1613億㌦をピークに、12年1446億㌦、13年1300億㌦と減少した(財務省「貿易統計」による。ドル換算は税関長公示レートによる)。なお、2014年上期は下げ止まりが見られる。

図2 日本の中国向け輸出の推移
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図3 中国市場における各国シェアの推移
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 中国経済が調整期にあるため、中国向け輸出が伸びないという訳ではない。なぜなら、独り日本だけ落ち込んでいるからだ。図3に示すように、米国も、韓国も、ドイツも、ほとんど横ばいで推移している。中国市場で、独り日本だけ沈んでいるのだ。中国の輸入総額に占める日本のシェアは、2000年には18.4%もあったが(1995年は22%)、2010年には12.6%、2013年8.3%と低下した(2014年1~6月は8.1%)。日中関係が冷え切った最近2、3年のシェア低下が激しい。

 中国の輸入総額は、調整期にあるとはいえ、2011年25.0%増、12年4.3%増、13年7.3%増と増加している。中国向け輸出が減るという日本の貿易は、尋常な姿ではない。米独韓のようにシェアさえ維持できていれば、中国向け輸出は増えるはずである。

 仮に、2010年のシェア(12.63%)で推移した場合、2013年の日本の中国向け輸出額は2463億㌦と試算される。しかし、実際は1621億㌦であった(中国の日本からの輸入額)。この差は842億㌦(8兆5000億円)に上がる。2013年ベースで、年率8兆5000億円もの減少である。中国向け輸出が振るわないため、公共事業費を上回る規模の有効需要が消えたのである。

表1 中国市場における日本のシェア低下
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 中国向け輸出の減少は、日本の年間の公共事業費を上回っている。公共事業がそっくりなくなれば大不況は必至であるから、その輸出減少を補うために、政府は財政金融政策を総動員しているのであろうか。逆に言うと、これほど大規模な輸出減少がないならば、いまのような財政金融政策の総動員はなくても済むのかもしれない。日中の政治的関係の悪化が、将来世代の負担を増やしかねない財政金融政策につながっている。

3、世界の相互依存関係の変化

 世界の相互依存関係は大きく変化した。1995年当時、日米貿易は輸出入総額で1878億㌦、米中貿易は572億㌦と、米中より日米のほうが3倍も貿易量が多かった。しかし、2013年現在、米中貿易は5622億㌦、日米は2038億ドルと、米中のほうが3倍近くも結びつきが強い(図4参照)。

 米国にとって、中国は輸出市場としても重要だ。2013年の中国向け輸出は1217億㌦、日本向けは652億㌦である。米国にとって、経済的には日本より中国のほうが大切になっているといえよう。

図4 相互依存関係の変化

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4、平和と貿易の関係

 日本の中国向け輸出の減少は何が原因か。独り日本だけ落ち込んでいるわけだから、中国経済が調整期にあるためと言うのは理由にならない。また、直接投資が日本からの輸出に代替しているという理由も弱い。欧米も直接投資による中国進出が多いからだ。また、日本の企業の競争力が急に低下したとする仮説も説得力がない。

 日中の政治的関係の悪化が影響しているのだろうか。かつては「政冷経熱」と言われてきた。 しかし、2012年9月の尖閣諸島国有化、安倍首相による靖国参拝で、日中関係は冷え切り、政府首脳間の接触も全くなくなっている。日中関係は異常な状態と言えよう。この日中間の「冷戦」が経済(貿易)に影響しているのではないか。

 戦争相手国とは「貿易」は発生できない。“平和”が貿易の大前提であることはあまりにも自明のことであろう。しかし、いま直面している日本の輸出低迷の原因分析ではこのことが忘れられているのではないか。貿易赤字の分析で対中貿易の異常な落ち込みが明示的に議論されているのは少ない。貿易の発展には平和が重要ということを改めて噛みしめたいものである。

 また、貿易(相互依存)が国際平和を創り出す。この点は貿易戦略が平和的な国際政治に有効性を持つと指摘したR.ローズクランス(『新貿易国家論』1986年)以来、よく論じられていることであるが、これも確認したい。相互依存が深まり、お互いが相手を必要とする限り、戦争は起きない。米国と中国が蜜月関係にあるように、貿易(相互依存)は戦争の抑止力になる。「集団的自衛権」より、貿易のほうが戦争抑止力になるのではないか。

 2000年代の中ごろ、世界経済に占める日本の比重は大きく凋落した。しかし、国内では「小泉劇場」と言われたように、大騒ぎであった(当WEBサイト2013年1月18日拙稿参照https://money.minkabu.jp/37516)。今再び、アベノミクスで燥いでいるとき、外では日本は沈んでいる。「中国は国内に矛盾を抱えていて国民の目をそらすため、対外的に強硬に出る」という指摘がよくあるが、逆に、日本は世界でうまくいかなくなっているとき国民の目を国内問題に誘導しているのであろうか。「平和」を維持し、冷戦のコストを削減しないと、経済面から日本の破綻が来るかもしれない。

 8月は「祈り」の月である。1945年、8月6日広島原爆投下、9日長崎原爆投下、15日敗戦。歴史に対する「祈り」だけではなく、未来への祈りも行いたいものである。

配信元: みんかぶ株式コラム