昭和残影;別伝 わが昭和歌謡史
貴様と俺とは、同期の櫻。同じ兵学校の庭に咲く。
咲いた花なら散るのは覚悟。みごと散りましょ国のため。
海軍兵学校の制服や海軍士官の制服を着た鶴田浩二(敬称略)が最後に敬礼。
決まった―!し、痺れる~。よ、良かどー!
空前絶後の大ヒット。
舞台にステージにテレビにラヂオに、
引っ張り凧の鶴田浩二
そりゃ~女性も、たくさん言い寄って来るわ
だけど、或る時から、突然鶴田浩二は、『自分は、海軍兵学校予科練の出身だ』と言い出すようになった。
それを聞きつけた東映の重役が『こりゃ、いかん!経歴詐称に当たる』と付き人やってる若手社員を呼びつけて「お前なんとかして来い」と言いつけた。
「おやっさーん。おやっさんは、海軍兵学校の出身ではなひ。
たしかに海軍に召集はされた。だけど整備兵の資格で、それにもふ、おやっさんは、その時は、東映ニューフェースだったから、ゼロ戦に触った事もなひ筈だ。」と意見したところ、
それでも鶴田浩二は、ガンとして「い~や、俺は予科練の出身者で、神風特攻隊の生き残りだ。」と言い張った。
けれども、世間は何にも云わなかった。
海軍OBで結成される水交会からも、いっさい苦情は、挙がらなかった。
貴様と俺とは、同期の櫻
血肉頒(わ)けたる仲ではなけど
なぜか気が合ふて捨てられぬ
「貴様と俺とは」
作曲;大村能章 作詞;西條八十 作曲年数;不詳