lopriderさんのブログ

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春を運ぶ人

玄関で大きな声がして出ていくと、おおきな影が差射っていた。
「別に用じゃないけど、挨拶に来ました・・・。近くに来たんで。」やや甲高い声で、その影の持ち主は喋った。
「ああ・・・Tさん。本当にお久しぶりです。」と返事したけれど、その人は耳が悪く、多分なにも聞こえてはいない。けれどその人らしく、満面の笑顔で歌うように語りかけてきた。
「もうことしで私は100歳になったんだよ。なんか久しぶりに、君の顔を見たいと思ってねぇ。」
冬だけれど日差しは暖かく、透明なガラスごしの光をいっぱいに浴びて、その人の大柄な姿も逆光の中に包まれている。ぬくもりの中で響いてくる声を聴きながら、自分も笑顔でうなずき、近づいてその人の乾いた手をしっかりと握っていた。
「うん。もうなんにも聞こえなくなっちゃったけど、また遊びに来てくれたら、筆談でいろいろ話そうよ・・・。君も元気でね。」と優しい笑顔で言い残して、玄関を出て行く。
すこし足を引きずるようにしてゆっくりと、その姿が遠い曲がり角に消えていくまで、自分はじっと見守っていた。本当は手で支え、バス停まで送って行きたかったけれど、やんわりと断る仕草だったので。
「どこかで聞いたことのある声だねぇ。」と妻が語りかけてきた。
「Tさんが来てくれたんだ、挨拶に。」
「アハハ・・・。100歳の人にそっちからゴソクローいただくとか、アナタえらそうじゃない?。」
「いやいや、去年ちょっと体調を崩されてたんで行くのを遠慮してたんだ。でも今日は元気そうに見えたよ・・・。本当によかった。」
「ふーん。なんかメチャクチャうれしそうだねぇ。」
「あの人がいなければ、この地域には今誰も住んでいないかもしれないんだよ!。皆はあんまり知らないけど、温泉も鉄道にも、あの人が本当におおきく寄与したんだ。」
「そーなんだ。よくわかなんないケド、いいヒトそうだよねぇ。とても100歳とかには見えないし。」
「なんか会えてうれしくて、カミサマに話しかけられたときの子供みたいな気持ちになったよ。不思議だ・・・。今日は暖かいし、まるで春の使いと会ったようだねぇ。」
「ナニそれ?。春にはまだカナリあるし、ロージンじゃなく子供みたく若いのが、春のイメージじゃない?。」
テーブルの上で、もう冷めていたコーヒーを飲みながら、ぼんやりと思いに耽った。ゆっくりと遠ざかって行くその姿は、何年も前に比べると衰えの兆候はある。けれど生き生きとした表情や言葉の力には、まるで若さがあふれるかのようだった。子供の姿であらわれ、老人の姿で去っていく四季の物語があったけれど、その人に春の予兆をすでに感じたときだったんだ、と。
「うーん。カンジ多すぎて読む気にならないデス。ヤリナオシ!。」
「まだ書きかけなんだから、覗かないでくれよ!。」
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