これはあなたのもの -もう一つのアンネの日記-

ユリウスさん
ユリウスさん
 ノーベル化学賞受賞のロアルド・ホフマン教授の自伝的戯曲「これはあなたのもの」を読みました。

 そこには戦争のさなかの拭い難い差別感情、歴史的な民族主義、ナチスや共産主義の酷さ、人々が自分や家族の命を守るためのギリギリの選択、人間の弱さと強さが提示され、愛の感動物語でありながら、「罪」と「許し」について、深く考えさせるものを訴えていることを特筆したいです。
 (これについては、作者のロアルド博士の素晴らしいご意見を後でお目にかけます。)


ちいさな写真は7才時のロアルド教授(画像クリックで拡大)


 この物語は1943年、ウクライナの田舎フリーヴニウの屋根裏部屋から始まる。そして舞台は1992年ごろの米国のフィラデルフィアとの間を行ったり来たりする。当時の弱小国ポーランドは強国ドイツのナチスと共産主義の大国ソ連に好き放題に蹂躙されています。その上にユダヤ人差別思想や民族主義的好悪の感情が重なって、複雑極まりない状況にあります。これほど人の命が軽い酷い時代はめったにないのではないでしょうか?

 詳しくは、川島慶子訳の戯曲「これはあなたのもの」(アート・デイズ社刊)をお読みください。
 

この劇が意味するものとテーマ(ロアルド博士の卓見)
『1937年に南京で、また1945年に広島や長崎で殺された一般市民の親族の方々は、他の人間が自分の身内にした行為を許すことができるでしょうか?
人間が行った、もしくは人間が被った害悪についての、悲惨な、しかし、覚えていなければならない記憶の中で、確かなことがひとつあります。ひとつの傷(苦しみ)を負ったからといって、そのことが他者に害を与える免罪符になるというような、道徳上の会計帳簿は存在しないということです。同時に、善行すなわち人間への害悪に対峙する、危険を伴う防止行為は特殊な状況をはるかに超えて共鳴します。私たちが同様の道徳的な行為をすることを力づけてくれます。そうしたニュースに耳を傾けた時、私たちに人間への楽観論、今では品薄でめったに見つからない有用な物、を持ち続けさせてくれます。(以下略)』

 1941年から44年の間に300万人のポーランドのユダヤ人が殺されました。私の家族の何人かは、生き残りました。その中に母と私も入ってます。ウクライナ人のほとんどがナチスへ非常に残酷な協力をしている中で、あるウクライナ人夫妻が善行を選んだおかげで、私たちは生き残ることが出来ました。個々人の善行と集団の罪。それらを忘れずにいること、認めること、そうした記憶と認識のバランスを取る事が『これはあなたのもの』のテーマです。

→ 読者として一言付け加えるなら、このドラマでは人間が善行と罪の双方を記憶し、認めて、バランスを取ろうとする時、男と女では微妙に違うことも巧みに表現されています。翔年は見どころの一つと思います。


関連情報
1 作者のロアルド・ホフマン博士(コウネル大学名誉教授)は1981年、日本の福井謙一博士と共に、ノーベル化学賞を受賞されています。それだけではありません。驚いたことに、18歳で米国のコロンビア大学に通われていた時、日本文学コースを選択され、偶然、若きドナルド・キーン助教授から、直接の教えを受けておられるのです。キーン先生は、先ごろ日本国籍を取得されて「鬼怒鳴門」の名刺を作られた日本文学と日本文化研究の第一人者です。不思議な縁を感じますね。

2 この戯曲は日本(2016~)、アメリカ(2009~)とドイツ(2014~)で公演されています。

3 当時の社会情勢を知る助けになる本や映画(三つとも名作です)
 a ヴィクトール・フランクル著「夜と霧」
 b アンネ・フランク著「アンネの日記」     
 c ポーランド映画、アンジェイ・ワイダ監督「カチンの森」 

4 上記の著作者3人の名言

与えられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない。
         -ヴィクトール・フランクル-  

本当に他人の人柄がわかるのは、その人と大喧嘩したときです。そのときこそ、そしてそのとき初めて、その人の真の人格が判断できるんです。
              -アンネ・フランク-

国のリーダーは勇気を持って国民に真実を伝えなければなりません。
       -アンジェイ・ワイダ-


追記:最近Blogの更新が大変滞っており、申し訳ありません。実は「増殖する世界の名言事典」なるものを、ライフワークにしたいと思って、その関係の作業に力を入れております。近々、読者の皆様にご披露できるかと思います。





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