私がまだ20代のとき、毎週のように一緒に酒を飲む、Aさんという友人がいました。その人は子会社からの出向者で、1年間の研修で机を同じくしていたのですが、研修期間が終わり、それぞれの職場に戻ってからも、しばらくは連絡を取って夜の街に繰り出す、そんな関係を続けていました。
ところがそれから10年ほどして、私は仕事上の失敗から地方に飛ばされてしまいました。すると、Aさんからの連絡は次第になくなっていきました。こちらが電話で飲みに誘ってもうつろな返事。私は、地方に飛ばされた人間に対する世間の風なんて、所詮そんなもんさと諦めていました。
それからさらに5、6年が過ぎ、突然、職場にAさんから電話がかかってきました。「ないじゃんさん、久しぶりだなあ」・・・やっぱり覚えていてくれたんだ!と嬉しくなって身の上話を続けようとすると、Aさんはなかばそれを遮って、「実は、頼みがあるんだけど。金を貸してほしいんだーーー」
Aさんの父親がガンで、先進治療にお金がかかり、子どもの教育費もあってお金が足りず、友人知人に借金しまくっているとのこと。懐かしい友の声が聞きたくて連絡してきたのかと思いきや、要は金目当てだったんです。私はそれまでのAさんに対する思いが心の中で崩れていくのを感じました。
でも、かつては一番なんでも相談できる人として付き合った人です。妻にも相談しましたが、「そういう思いを無にしたくなかったら、貸してあげればいい。ただし、一度だけにした方がいい」とのことでしたので、私は、形ばかりの借用証書を書いてもらい、十万単位の金を貸しました。
数か月後、彼は約束どおり金を返してくれました。お礼は言いましたが、「お前と俺の仲なのに、借用証書なんか書かせるのか・・・」という表情をしていた。私は「お父さん、治るといいね」とだけ言ってその場を後にしました。それ以来、Aさんと私はお互い連絡を取ったことはありません・・・。