最近、株に関する「ある本」に注目が集まっています。ベストセラーということなので、本屋さんの店頭でご覧になった方も多いと思います。本を読まないことを信条にしている私としては、内容についての論評をする立場ではありません。
とはいっても株の本が、こんなに売れているという点で興味があります。この本を買おうという人は、いったいなにに引かれたのでしょうか。
著者でしょうか、それとも内容でしょうか、出版社なのでしょうか。
著者は、東京の大学からアメリカの大学でMBAを取得、野村総研から野村證券へ転出、85年に退社後、投資顧問会社を設立。日本や韓国などで、77億円の資産運用と投資顧問を行っているグループ会社の経営者で、現在60歳とのことです。会社はジャスダックに上場していますが、200円前後という株価がちょっと気になります。
著者の学歴、経歴からは、本を書くのには最適の人物のように見受けられますので、業界の裏話や投資のノウハウなどを期待して、本を購入した人も多いかもしれません。
問題は中身です。
目次で気がつくのは、「2020年に日経平均は40,000円を超える」という章です。おそらく、これを見て本を買った人も多いと思われます。そこで思い出されるのが、あの武者陵司氏です。彼が13年に出した本にも、オリンピックの年とはいっていませんが、株価は40,000円になるとあります。ドイツ証券から独立し、投資顧問や資産運用の会社を経営している点もそっくりです。
武者陵司氏は、強気の論客で通っていますが、90年代から2000年前半まで弱気派の代表格で、株価も彼のいうように動いていました。それが、2006年頃から強気派に転向したのです。そのときの驚きを「武者氏の変身」というテーマで残してありますので、07年4月7日の日記の一部を転載します。
「先日久しぶりにあの武者氏の話をテレビで見ました。昨年ころから武者氏が強気に変身したという話しは聞いていましたので、彼の相場観については特に驚きはなかったのですが、4~5年前の弱気を言っていた際の整然としていた理論組み立ては、強気に変じた今も変わらないのには改めて感心させられました」
「氏の変身の理由は、経済理論通りに動かない最近の経済現象にあるといいます。物価が上昇しているにもかかわらず金利が上がらない、貿易収支が大幅に黒字なのに為替は円高にならない……と、確かに教科書通りに動かない最近の経済には、従来の常識では図りえないものがあります」
このあと、リーマンショックで、株価は7,000円を切るところまで下落し、多くの落伍者を出したのはご存知のとおりです。「上を向いて歩く」のは結構ですが、下になにがあるのか注意して歩かないと、生きてゆけない世界なのです。
強気の論調は現在も変わらないようで、投資顧問や資産運用をやっていると、みな昭和バブルの高値40,000円を目標にするようです。
現在の株価理論からすると、株価は、EPS(予想1株利益)×PER(株価収益率)で決まるとされています。「ジャパンアズナンバーワン」に浮かれていた昭和バブルの最高値は、EPS(660円)、PER(60倍)でした。
武者氏はこの点になると、常識で考えても駄目と一蹴するようですが、話題の本では、40,000円を達成したときの、EPSとPERをいくらと考えているのでしょうか。
仮に、EPS2000円×PER20倍とすると、そのときのアメリカ株、為替、消費者物価の水準はどうなっているのでしょうか。長期投資を勧めているようですが、その道筋はどうなっているのでしょうか。著者の投資信託あるいは、投資顧問に一任すれば、資産が倍になるといっているのでしょうか。
目次から見る限り、対象とする読者のレベル、年齢、資産状況などは不明ですし、株式投資の目標も分りません。
投資で成功するには時間が掛かります。だから長期投資なのです。でも漫然と株を買い長期に保有していたのでは、平均株価に追いつけません。平均でいくら2倍になるからといって、所有株が2倍になるとは限りません。時間という資産を有効に使わないと、資産は増えませんし、配当で生活などは無理でしょう。
最大の疑問点は、40,000円を誰が買うのでしょうか。現在の買い手である公的資金も外国人も、ファンダメンタルから大きく外れているこの水準では、恐らく買うことはないでしょう。なにも分らない個人が、株で儲かった話に釣られて、高値の株を掴まされるのが落ちのような気がします。
いろいろ疑問は残ります。買って見れば、いくつかの疑問は解けるかもしれません。あまり難しいことはいわずに、ベストセラー出版社の販売戦略に乗せられて、読者は夢を買い、その夢に満足すればそれでいいのでしょう。
ところで、現実の相場はどうでしょうか。2月の16日には、待望の18,000円を超えましたが、下値を支えているのが公的資金で、売っているのが内外のファンドという構図は変わりません。個人投資家は、逆張りに徹していて、相場の方向を決める主体が見当たらない情勢が続いています。1月から2月に掛けて、相場を動かすニュースには事欠きませんが、反応は一時的で終わってみればじり高です。
皆様の「日記」を拝見する限り、あまり儲かっているようにも見えません。現実の相場では、買われる銘柄が日替わりで変化して、夢で買った人はどうしているのでしょうか。せっかくのベストセラー本も、不思議なことに、「みんかぶ」では話題にされていません。
この手の本が売れ出すと、相場は終わりといいます。株も上がらないと買われないように、本も売れないと買われないようです。