半世紀、変わらぬ国会環境の低次元
安倍晋三首相の母方の祖父、岸信介元首相が実に面白い。昨年10月と11月に相次いで刊行された「岸信介の回想」(文芸春秋)、「岸信介証言録」(中公文庫)をひもとくと、率直な語り口から時代を超えた政治の普遍的な実相がありありと伝わってくる。
安保など共通項
第1次安倍政権のころ、多くの政治家を間近で見てきた当時の政府高官に、こう言われたことがある。
「安倍さんと岸さんが似ているという人が多いが、岸さんは『両岸』と呼ばれるほど融通無碍(むげ)だった。安倍さんの真っすぐさはむしろ、『昭和の吉田松陰』といわれた父方の祖父、安倍寛(元衆院議員)の資質を受け継いでいる」
その時はそういうものかと思ったが、両書を読んでやはり安倍首相と岸氏の考え方や目指す方向性、世界認識には共通項がかなりあると改めて実感した。
例えば、首相が政策として最も重視するものは何かと問われた岸氏は、こう明快に答えている。
「第一はね、いうまでもなく安全保障ですよ。(中略)それがなけりゃあ、経済の発展も、あるいは文教の振興もない」(中公)
これと同趣旨のセリフを、小泉内閣の官房副長官だったころの安倍首相から聞いたことがある。だからこそ首相は、左派系メディアの激しい批判を覚悟して集団的自衛権行使の限定容認に踏み切ったのだろう。
岸氏は昭和35年の日米安全保障条約改定時のことを、「日本がアメリ カの核戦争に巻き込まれて、戦争になるというようなわけのわからん議論が盛んだった」(文春)と振り返る。集団的自衛権論議でも似たようなデマが流布されたことを連想してしまう。
「くだらない問題でしたが、『極東』の範囲なんていうのは、(議会対策で)苦労した格好になっているけれども、あれは愚にもつかなかったね」(中公)
岸氏は国会での安保条約論議についてはこう語っている。一方、集団的自衛権の政府解釈見直しをめぐって安倍首相は、野党などから「立憲主義の否定だ」と責め立てられて慎重に答弁していたが、周囲にはこんな本音を漏らしていた。
「ほとんど意味のない議論だ…」
半世紀前と同じ
半世紀以上がたとうと、問題の本質や重要性・緊急性よりも枝葉末節の形式論に拘泥しがちな国会審議のあり方は、何も変わっていないということか。
「護憲の連中は憲法を改正するとまた戦争になり、徴兵制が敷かれ、子供や夫をまた戦場に送ることになるんだというような、訳の分からぬ宣伝をしている」(中公)
憲法改正に関しては岸氏はこう指摘し、さらに次のように論じている。
「国民に、憲法改正が必要であり、憲法改正をすべきである、あるいは改正せざるをえないのだという気持ちを起こさしめるような宣伝、教育をしていかなければならない」(同)
これに対し、安倍首相は昨年12月24日の記者会見でこう強調した。
「国民的な支持を得なければいけない。どういう条文から国民投票を行うのかどうか、またその必要性などについて、国民的な理解をまずは深める努力をしていきたい」
そっくりだと感じた。違うのは岸氏は安保条約改定に際して衆院を解散して国民に信を問うべきだったと後悔したが、安倍首相は今回、衆院選を断行して勝った点だ。祖父を超えられるか-。(政治部編集委員)産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015・1・8