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II.ファイナンシャル・エンジニアリングと金融工学

II.ファイナンシャル・エンジニアリングと金融工学 

 

 

 次に、以上のファイナンス分野に関する概観を踏まえた上で、英語で言うところの「ファイナンシャル・エンジニアリング」、そして日本語の「金融工学」の意味付けに関して考察する。
 まず英語の「ファイナンシャル・エンジニアリング“Financial Engineering”」という用語について、アメリカにおけるアカデミック側のリーダーであり、MITスローン・ビジネス・スクールのLFE(Laboratory for Financial Engineering)の責任者である、アンドリュー・ロー(Andrew Lo)の議論を引用しておく:

 

「過去20年の間に、金融市場に関する理論・実証分析は飛躍的に進歩した。このような学問上の進歩は、次第に現実経済における、多様な新しい金融商品・金融サービスの爆発的な増加をもたらし、それに伴うリスクとリターンを管理するための、洗練された数量的な分析ツールの必要性を生み出した。そのようなツールは、今日のプロの投資家やファイナンシャル・マネージャーにとって必須のものとなり、その結果“Financial Engineering”と呼ばれる、明確な知識の体系(well-defined body of knowledge)を形成するに至った。」  

Andrew Lo (1998) “Overview of The Track in Financial Engineering,” より、祝迫が訳出
                (http://mitsloan.mit.edu/tracks/tfe)
 

 
 したがって、英語における“Financial Engineering”は、かなり限定された意味合いを持っている。ローが“Financial Engineering”という用語を、あくまで実務家の側(Practitioners)の立場から見て必要な知識、特に数量的なスキルに限定して使っていることからもわかるように、アメリカにおいても“Financial Engineering”という学問分野が成立しているわけではない。現時点での“Financial Engineering”は、要約すれば「数量的な側面を重視した目的志向型のファイナンスという学問の実践」というふうに位置付けるのが最も適当であると思われる。

 実際、ロー在籍するMIT含め、幾つかのアメリカの大学が“Financial Engineering”の看板を掲げた修士プログラムを積極的に展開しているものの、Ph.D.プログラムに関しては、どこもさほど積極的ではない。また同じ内容に対しても、Financial Engineeringよりは、Mathematical FinanceやComputational Financeといった用語をあてている場合が多い。

 

 では日本語の「金融工学」はどうだろうか? まず第1に指摘しておかなければならないのは、日本(特に日本の大学)では、しばらく前まで「ファイナンス」という用語が定着しておらず、「金融論」の一部分と見なされていたという点である。実際、今でも「ファイナンス」という題名の授業は無い大学の方が多く、「金融論」・「財務管理」等の授業名のもとで、運用上「ファイナンス」の授業をしている場合が多い。

 したがって、古色蒼然たる伝統的「金融論」とは一線を画す学問分野として、現代的な「ファイナンス」に「金融工学」という日本語の造語をあてるというのは、実は良いアイデアであったかもしれない。
 

 しかし、残念ながら既に「金融工学」の直訳にあたる“Financial Engineering”という英語が存在しており、これは先ほど述べたように「数量的な側面を重視したファイナンスという学問の実践」という色彩を、強く持っている。例えば、ノーベル賞学者のマートンやマーコビッツに「あなたは“Financial Engineering”の父だ」と言えば、自分達の業績が現実経済に大きな影響を与えたという意味で、彼らは素直に喜ぶだろう。しかし「あなたは素晴らしい“Financial Engineering”の専門家(学者)だ」と言ったとすれば、彼らは「私は、そんな矮小なことだけをやってきたわけではない」と反論するであろう。
        
 

 これで、なぜ、(特にアメリカで学者としての正規の訓練を受けた)ファイナンスの専門家(学者)が、マスコミや専門外の人間に「金融工学」呼ばわりされて嫌な顔をするかが、分かってもらえただろうか?
     

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