東日本大震災で、我が家族は、車で避難した。
私は、家族と車を避難所に残し、山道を歩いて、自分の家を見に行った。
実は、私の家の直ぐ近くにも避難所が有るのだが、車を置けない避難所なんで
最初から、そこに避難する気も無かった。
所が、そこの避難所には30人程の人達しか避難していなかった。
「皆、車で逃げたんだなぁ。」と思ったが、そこからは10m程の所迄自動車や、倒壊した家々の木材が
流れて来ていた。
「これは、逃げ(れ)なかった人達が、かなりいるんじゃないか?」と思ったが
あの時は、そこの避難所から見える自宅に行く事も出来ず
やがて発生した火事に、自宅が燃え始めるのを見て「駄目だ、こりゃ。」と思ったが
住宅街の火事は、間もなく山火事となり家族の所に戻れなくなった。
「こんなとこ、来なきゃ良かった。」と思ったが、気付いた時には遅すぎる。
しかし、数時間後、何とか家族と再会出来たが、そこの避難所から見る町内は
「火の海」だった。
所が、役場の職員が「ここも、燃えるかも知れません。又、まだまだ避難して来る人達が
来ますので、車で避難した人達は、他の避難所に移って下さい。」と言った。
「どこから、来るんだ?」と、突っ込みも入れずに、家族と車で他の避難所に山道を走り出したら
山道を歩いてくる人達に出会った。
思うに、「津波で避難した人達が山に逃げ、山火事に追われながら、何時間も歩いて避難所にたどり着こうとしているんだ。」と。