皇室ジャーナリスト執念の遺作
本書の著者、高橋紘（ひろし）氏は、昭和天皇（１９０１～８９年）の晩年に共同通信社の宮内庁詰め記者として活躍した後、昭和天皇をめぐる貴重な史料をいくつも発掘し、また昭和天皇や戦後の皇室に関する著作を何冊も出してきた皇室ジャーナリストである。
本書は、著者がその豊富な取材経験を集大成した昭和天皇論であり、皇室論である。
昭和４９年、著者が初めて昭和天皇と言葉を交わしたときの話から筆を起こし、昭和天皇の生涯や人となりのみならず、皇室の現状までとりあげた、上下２冊で千ページを超える大著となっている。しかし、通信社の記者を長年務めた著者ならではの、わかりやすい叙述と豊富なエピソードで、読む者を飽きさせない。
本書の最大の特徴は、著者の取材体験が赤裸々につづられている点である。そのなかでも、昭和天皇時代の侍従たちによる情報操作の実例や、昭和天皇と良子（ながこ）皇后をはじめ、現在の天皇・皇后や皇族、侍従らに対する時に辛辣（しんらつ）な人物評、昭和天皇晩年の手術や崩御時の報道合戦の実相などは、取材に従事した当事者ならではの貴重な証言である。
また、長年にわたり昭和天皇の侍従長を務めた入江相政（すけまさ）の日記刊行をめぐる裏話も興味深い。ただし、昭和天皇の人物像全体については、最終的には読者の判断に任せる形になっている。
第２の特徴は、著者が皇室取材の過程で入手した未公開史料や関係者へのインタビューが活用されている点である。使われている未公開史料は、昭和天皇の学友で長く侍従を務めた永積寅彦（ながづみとらひこ）の日記、戦前・戦中の皇室に長く仕えた松平慶民（よしたみ）が残した皇太子時代の欧州巡遊に関する文書、皇室記者の代表格だった藤樫（とがし）準二のメモなど、多数にわたる。通説を大きく塗り替えるような話はないが、昭和天皇像の細部を探る上で貴重な情報が多数提供されている。
第３の特徴は、ところどころで非常に具体的な描写がなされている点である。昭和天皇の生誕地（青山御所）や各御用邸、皇太子時代の欧州巡遊時の各訪問先などの様子が、多数の文献・史料のみならず著者の現地取材も活用して非常に具体的に書かれており、読者が高橋氏とともに現場に立っているかのような臨場感を高めている。
第４の特徴は、著者の皇室論が垣間見える点である。より開かれた皇室、国民によりそう皇室を理想とし、そのための方策を昭和天皇の生涯のなかからつかみ出そうとしている。
実は本書は高橋氏の遺著である。「あとがき」は著者の闘病記となっており、胸に迫るものがある。編集者が記した「付記」によれば、著者は本文の推敲（すいこう）を終えたところで死去したため、本文中の出典表記や巻末の参考文献一覧に不備があるという。
しかし、昭和天皇研究に後半生を捧（ささ）げたジャーナリストの執念がみなぎる本書は、不備を補ってあまりある内容を持っている。皇室ジャーナリストが書いた昭和天皇論としてこれほどに深い内容の書物はいままでなかったし、おそらくこれからも出ないだろう。
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