ここ数年の金属価格の高騰で、硬貨の「原価」が上昇している。1円玉を例にとると、原料になるアルミニウム地金の国際相場はこの2年で2倍近くに跳ね上がった。2008年秋のリーマン・ショック後の国際的な金融緩和で、通貨の価値が下がるインフレ懸念がささやかれる昨今。おカネの「価値」はどうなっているのだろうか。
■銅の調達価格、倍増の勢い
硬貨(コイン)の原料になる非鉄金属の国際価格は、ロンドン金属取引所(LME)で取引される3カ月先物が指標になっている。かつて南米で採掘した鉱石を欧州に運ぶには、船で3カ月かかった。この間の価格変動リスクをヘッジ(回避)するために3カ月先物の取引が中心になり、この商習慣が現在も引き継がれている。
日本国内の非鉄金属価格はLMEの相場に為替相場を加味して決まる。硬貨を製造する独立行政法人の造幣局(大阪市)は入札で原料を調達しており、調達価格はその時々の相場に連動している。
1円玉以外のすべての硬貨に最も多く含まれている銅の調達価格を官報で見てみよう。非鉄相場が低迷していた09年冬には1トンあたり38万円台で買っていたが、10年半ばの購入価格は72万円とほぼ倍増。今年はさらに上がり、89万円で調達した。
■1円では1円玉を作れない
硬貨1枚あたりの原価の目安を知るには、硬貨の形に仕上げた「円形(えんぎょう)」の調達価格をみるのが分かりやすい。通常、造幣局は調達した地金から自前の工程で硬貨を造っていくが、時には「円形」を民間から調達し、模様だけを入れる。09年初めに仕入れた1円玉用アルミ円形4200万枚の調達価格は3352万円。製造コストなどを考慮に入れずに単純計算すると、1枚あたり約80銭になる。だが最近のアルミニウム地金相場は当時よりも約8割高。現在の1円玉の「価値」は単純計算で1円50銭に迫り、「原価割れ」だと考えられる。
同じように円形をべースにして他の硬貨を見てみると、08年秋に仕入れた5円玉用の黄銅(銅と亜鉛の合金)は1枚2円60銭だったが、現在ならば3円50銭というところ。同じ時期に仕入れた10円玉用の青銅(銅と亜鉛とすずの合金)は1枚約2円だが、今では2円80銭前後になる。50円玉もしくは100円玉に使う白銅(銅とニッケルの合金)の07年2月の仕入れ値は8円82銭だったのに対し、現在は13円程度に「値上がり」している。
全硬貨の平均コストは14~17円
地金相場の乱高下が硬貨の価値や製造に影響を及ぼすことはないのか。
「原価に関係なく、1円は1円、10円は10円の価値ということで通貨の信用を維持している」(造幣局)というのがオフィシャルな見解。実際は、新地金の調達だけでなく、市場に出回っている硬貨もリサイクルして使うため、地金相場の変動がそのまま原価の変動幅になるわけではない。財務省の理財局国庫課によれば「ここ数年、原価にもろもろの費用を合わせた硬貨の製造コストは全種類平均で1枚14~17円」だという。
余談だが、造幣局の業務には勲章や金属工芸品の製造・販売も含まれ、日本でオリンピックが開催されたときにはメダルの製造も担ってきた。長野冬季五輪の金メダルは重さ256グラムで、250グラムの銀に6グラムの金めっきを施したものだった。1998年当時の金銀相場に基づけば1万4000円程度だが、現在なら4万5000円程度の価値がある。
■電子マネーで製造枚数は激減
なお、電子マネーの普及や内税表示方式の導入で小銭の需要が薄れ、硬貨の製造枚数は近年、減少傾向にある。消費税が導入された89年からの数年間は年間50億枚を製造していたが、09年は8億5300万枚。1円玉に限れば90年の約27億6900万枚から4800万枚まで減った。
新興国の需要拡大や投資マネーの流入で、近年の金属相場は値動きが激しい。おカネの「値段」も振れやすくなっている。
(商品部 吉野浩一郎)
硬貨の金属含有比率(%)
重さ
(グラム)
銅
ニッケル
亜鉛
すず
アルミニウム
500円玉
7.0
72
8
20
―
―
100円玉
4.8
75
25
―
―
―
50円玉
4
75
25
―
―
―
10円玉
4.5
95
―
3-4
1-2
―
5円玉
3.75
60-70
30-40
―
―
―
1円玉
1
―
―
―
―
100