今週の株式市場は上場企業の09/3期決算発表が本格化するなか、祝日明けの30日に大幅高となった。これまで発表された09/3期決算(並びに10/3期の会社予想)は市場予想を下回っているものも結構見受けられるので、神経質な動きになるのが自然だろうし、私もそう思っていた。それにも拘わらず株価が上昇したのは、マーケットの地合がネガティブな情報に反応しなくなり、逆にポジティブなニュース(3月の鉱工業生産指数など)には敏感に反応しやすくなっているからであろう。かねて本欄で指摘したように、ネガティブなニュースに株価が反応しなくなるのは、相場が大底を打ったとする判断材料の一つと見てよいと考える。
しかしながら、ここにきて世界中に感染を拡大している新型インフルエンザ「WHOの呼称:インフルエンザA(H1N1)」を、株式市場のリスク要因として認識せざるを得ない状況になってきた。本稿を書いている1日午前の段階では震源地のメキシコで死者176人(感染者2955人)、米国で死者1人(感染者109人)などをはじめ、感染者が確認された国はカナダやスペインなど13カ国に拡大している。また感染の疑いが出た国は日本を含む19カ国に拡がった。WHOは30日早朝(日本時間)にインフルエンザAの警戒レベルをパンデミックの一歩手前を意味するフェーズ5(=世界の6地域のうち1地域の複数国で流行)に引き上げたように、現況を踏まえればさらなる感染の拡大が不可避の情勢になってきたようである。
今のところ国内では横浜の高校生1名に新型インフルエンザの疑いが出ているだけで、さほど混乱が起きている様子はない。但し、厚生労働省や都道府県など関係機関は相当緊張感が高まっている模様で、身近な例を挙げれば近畿の某県の保健所に勤務している私の姉は、少なくともゴールデンウイーク期間中はすべて自宅待機になったという。また民間企業でも大手証券会社の友人の話によれば、昨日木曜日に全社員宛に総務部からメールが届いて、「(1)5連休中に海外へ行く人は会社に届け出ること、(2)連休明け5月7日は朝出社せずにまずは会社担当者に電話を入れること」の2点を遵守するようにとのお達しがあったそうだ。
幸い今回のインフルエンザAのウイルスは毎年冬に流行する「Aソ連型」と同じタイプのウイルスで弱毒性とされる。万一、日本で流行したとしても通常のインフルエンザとほとんど変わらず、致死率は低くおさまる可能性も高い。WHOの委員である田代真人国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長が述べておられる「パンデミックが起きたとしても社会機能がマヒする事態にはならない。国民・企業は冷静な対応が必要」はその通りだと思う。
世界経済に与えるマイナス影響は今後の感染がどこまで拡がるかが一つのポイントと言える。しかし、最悪パンデミックとなった場合でも致死率が低いので渡航制限などの事態は避けられる見通しだ。世界銀行は昨年9月(リーマンショック前)に鳥インフルエンザのパンデミックが発生した場合、世界経済全体のコストが3兆ドルにのぼり、世界のGDPを4.8%押し下げると予想した。今回の新型ウイルスが弱毒性のものであれば、経済的な損失ははるかに小さいと想像される。株式市場もそれを見越して、少なくともここまでは新型インフルエンザの感染拡大は特段ネガティブ材料視されていない。楽観的にすぎるかもしれないが、この先もさほど深刻なマイナス要因にはならないのではないだろうか。
このたびのインフルエンザAの先行きは予断を許さない(ウイルスが毒性を強める可能性は否定できない)ものの、大局的には国際機関や世界各国、日本政府、官公庁、自治体、病院、家庭、個人、さまざまなレベルにおいて、いずれ必ず起きる強毒性鳥インフルエンザのパンデミック対策の実地訓練になっているのは間違いなく、この経験が将来のその時に必ず活かされると確信する。この意味でインフルエンザAが弱毒性だったのは、本当に不幸中の幸いだったと思われる。
今週のTIWレポートからは、中外製薬、ホンダ、日本電産、リコーの4銘柄を取り上げる。
■中外製薬(4519)本レポートはタイミング良く、ちょうど新型インフルエンザの被害が拡大している最中の4月28日にリリースされた。森田シニアアナリストの見解は引き続き強気で、「株価は堅調な足元の業況を映して上向く」と見ている。とくに抗インフルエンザウイルス薬タミフルについては、行政備蓄が再開されたことに加えて、インフルエンザAに関連して備蓄を強化する可能性があると指摘する。今回のインフルエンザAではタミフルの有効性が試されるだけに、タミフルの需要が急増するのは間違いないと思われる。すでに政府はメキシコの在留邦人向けに不足分のタミフルを国家備蓄分からの緊急輸送を決めており、また与謝野財務相も国家備蓄している医薬品を国際協調のなかで提供する必要があるかもしれないと発言している。国家備蓄している医薬品とは、具体的にはタミフルと推察される。
■ホンダ(7267)高田シニアアナリストの結論は、「10/3期の同社計画は大幅減益、しかも営業利益はわずか100億円の見通しながら黒字確保の経営意思が示されポジティブ。株価はコスト削減などの構造改革の効果で世界的に拡大するエコカー販売促進策などが追い風になり業績急回復の可能性が高まっている。よって市場平均を上回る株価推移を見込む」というもの。2週間前の本欄で某投資情報誌の企画『日本株の底値は打ったか』を紹介した。私が質問された銘柄には同社があった。私は、「GMやクライスラーが破綻すればその余波で同社株も下落するかもしれないが、そこは絶好の買い場になろう。環境技術は同社とトヨタが双璧で今後はその将来性が評価される。日本の技術力を象徴する会社であり、黙って長期保有していれば報われる」とコメントした。
■日本電産(6594)株価は昨年12月末に3,130円まで下落した。しかしその後は上向きに転じ、直近では5,000円台を回復している。服部シニアアナリストは同社の09/3期決算を踏まえ、依然として株価の上値余地があるとポジティブに考えている。この理由として同アナリストは、「指標面で割安感は見られないが、HDDモータの底打ちが確認され、下期の営業利益率2桁回復の確度も高まっている」と指摘する。同社の場合は永守社長のリーダーシップで、この歴史的な不況も何とか乗り切るという安心感がある。実際に業績もそのように推移しそうな雰囲気だ。
■リコー(7752)担当の中野アナリストは、10/3期会社計画(前期比3%増収、13%営業減益)の大幅な下振れ(前期比7%減収、60%営業減益)を予想する。このため株価見通しはネガティブかと思いきや結論は強気で、「10/3期の最終損益が120億円程度の黒字を確保する公算であること、そして中期的に基幹ITシステム統合等による収益改善が見込めることを踏まえるとPBR(09年3月末)で1倍弱の株価水準は評価不足」との見解だ。私は同社に対しやや古いかもしれないが、旧帝大系工学部出身者の優秀なエンジニアが多い名門企業というイメージを持っている。人材面での底力はかなりのものがあると思っている。(筆者略歴)西村 尚純 ティー・アイ・ダヴリュ取締役証券系経済研究所やメーカー系シンクタンクなどを経て現職。国内株、アジア株の調査経験は15年を超える。TIWでは、発行する全レポートのチェックを行うほか、アナリストとして小売や食品の一部企業を担当している。
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コンテンツ提供元:株式会社TIW http://www.tiw.jp/
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