(今日のニュースを見ると、自民党は、あくまでも、裏金にこだわっている。
これだけ、世間から批判を受けたのに、未だ、懲りないのかな。カネが目的の自民党議員ばかり。それに、ここまで、言われているのに、もうどうかしている。カネの亡者と言われて、反論できるか。迷惑しているのは、国民である。)
松下幸之助が、生誕してから、今年で130年になる。
20代から40代まで、時々、この人の書いた本を読んだ。当時は、慶応の通信教育で、仕事が終わって、学習していた。そこで、学習への不安と将来への不安があり、何か、心の支えが欲しかった。
本屋には、週に一度は行き、あれこれと本の表紙を見ていた。また、日経新聞にも、この人の本が宣伝で出ていた。
当時と今は、本への人々の態度が、変わっている。当時はよく紙の本が売れたが、今は本の不況時である。それと、読書をしない人が多くなった。まして自己啓発など、とんでもない時代になった。その日が、楽しければよいという風潮の時代になっている。どうやら、知識の2極化が、拡大している。
その中に、本屋で、PHP研究所なることを見つけた。松下幸之助が設立した出版会社である。この人の本は、7冊くらい、読んだらろうか。
その中で、記憶に残るものがある。
製品が売れなくて、3日くらい寝むれぬ日が続いたこと。そして「血の小便」が、出たことである。この時はまだ、松下電器が小さい、小企業であった頃だ。それを見て思った。ああ、この人も、こんな大変な思いをしている。ならば、慶応の通信教育など、難しいことではなく、続ければ必ず卒業できると思い。また、気持ちを取り直して、一人学習したものだ。
また、松下電器に、納入先から製品のクレームが来た。その時、納入先の社長が、工場に来て、工場の中を見て回った。そしてその時は、その社長は何も言わず、そのまま帰った。幸之助は、これで会社は潰れると思ったが、後になって、その社長は、従業員が一生懸命、働いている姿を見ると、とても、倒産などさせられない。このまま契約を続けると判断しということだった。
今のパナソニックでも、創業時は、とても大変だった。松下幸之助は「二股ソケット」を発明して、特許をとった。これがよく売れて、松下電器の創業時に、大きな利益となった。
そして、その後は、家庭電気製品の普及期で、運よく、パナソニック(松下電器)はこれに、巡り合えた。そして、今では、世界的な大企業になった。
私の通信教育が終わる頃、まだ、松下幸之助は生きていた。最後は、今の政党政治では、ダメだと思い「松下政経塾」を創設した。この時は、ソニーの創業者、井深大にも、話しかけたらしい。これも、本で知った。
松下幸之助と私は、本の上で、語っている。そうして、今でも、彼は、頑張りなさいと、言っている。