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ユリウスさんのブログ

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スイスイ論語(3) -温故而知新-

クリックすれば拡大して読めます。 (読売夕刊07/02)


 今日の読売夕刊に「こども論語塾」の安岡定子さんの「スイスイ論語」の三回目が掲載されました。


 子曰(シイワ)く、故(フル)きを温(ダヅ)ねて新しきを知れば、以って師と為す可(ベ)し。 

            
 以下は、諸橋鐵次先生の『温故而知新」のゆきとどいた解説です。(安岡さんの解釈と若干違います)

 孔子言う、昔得た知識を再びよく考えたずねて、そこから新しい知識を導き出し、古い事実を尋ね極めて、そこから現在将来の新しい道を導き知ることの出来る人であれば、その人を師として仰いでもよろしい。






 人には古きをたずねる傾向の人と、新しきを知る傾向の人とがある。前者はとかく伝統にかかわって頑固に陥りやすく、後者はややもすると新奇にはせて時流を追いがちである。
 
 由来、人間の思想でも社会の事項でも、前と後ろとは一連のものであり、過去と未来とは連続したものである。

 従って、古きをだずねる人は古きに捉われてそれにのみ止まるべきでなく、それによって新しきを知る工夫を凝らさねばならぬ。

 又、新しきを知る人は、その新しさが古きに根ざすことに思いをいたし、過去をたずねることを怠ってはならない。

 このことは一個人についても、また殊に現下国民の思想生活についても重要な点であると思う。温故と知新との間に「而」という字を入れて、温故が知新の原因となり、知新が温故の条件であることを示す点に注意すべきである。


1. 温は尋であって、たずねる意。
2. 師とは、もちろん人の模範となる者の意であるが、当時は卿大夫或いは士の身分の者が退官後、郷里に帰って上師・下師の任に就くことがあった。従って、ここでは真にその上師たり、下師たる資格のある人という意味に用いたのであろう。


 次回の新聞掲載は8月6日の予定です。が、翔年はその頃、ボストンで行われる"US Go Congress 2016"に行っております。「スイスイ論語」(3)がアップできるのは10日ぐらいになると思います。悪しからず。




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