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ユリウスさんのブログ

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語源の快楽(18)-岡目八目の「岡」

 かつて翔年が勤めていた会社の同期会が昨日あった。その集まりを利用して、夜までの間、囲碁好きの仲間9名が碁を打った。大半は初段から三段ぐらい、同期といっても会社勤めの時はお互いに打つ時間が取れなくて、初手合わせが多かったようだった。

 ゲームが終了し、感想戦に移り、「ああだ、こうだ」と横で見ていた観戦者も口を出す。こういうとき、よく使われる常套句が「岡目八目」。われわれアマチュアは大抵の場合、岡目八目だ。「岡目八目」とは、当事者でない者が脇で冷静に見ていると、八手先まで読めるように、事柄の善し悪しがよくわかると言うこと。実際、対局者より観戦者のほうが正しい判断が出来ていることはまま経験する。

 ところでこの「岡目八目」、「傍目八目」とも書くように、語源的に「岡」は「わきの場所」を指す。「岡場所」とか「岡惚れ」なども、同じ語源からかきている。


 江戸時代、吉原は天下御免の御町(オチョウ)、縮めて「御町」とか「町」と呼ばれて、公許の遊郭だったのに対して、「岡場所」とはその脇にあって黙認の「遊里」だった所を指す。

岡場所のありんすなど図横柄(ヅオウヘイ)    江戸川柳

 吉原の遊女は独特の「ありんす」などという言葉を使っていたが、低い階級の庶民が遊ぶ岡場所の女がこんな言葉を使うのは、まことにずうずうしいことだと川柳は文句をいっている。
 吉原の異名を「ありんす国」といった。なぜ「ありんす」というような独特の言葉使いをしたのか? それには二つの理由があった。一つは「ありんすえー」などとしなを作って色気を出すため、もう一つは田舎から来た遊女のお国訛りを隠す必要があったからであろうとされている。

 さて、「岡」の話にもどる。江戸には深川八幡宮近辺の「深川」を筆頭に、芝明神前、音羽の護国神社近辺などなど、総数は6,70箇所、ある時代には百余箇所にのぼったというから、江戸の色町は大変な賑わいだった。
 岡場所の異名を「隠し町」といい、その多くが寺社や門前やその地内にあり、町奉行の管轄を受けずに繁栄していたらしい。今で言えば各種「風俗店」がお寺や教会や明治神宮の敷地にあって、庶民はお参りに行っては、または参る振りをして、なにするので、繁栄するという仕掛けだったという。賢い知恵者はいるものだ。まじめな石部金吉には考えもおよばないこと。


神明を拝んでいるにもっしもっし   江戸川柳

 これは庶民が芝明神に参拝しているのに、「もうしもうし」と袖を引かれる情景だ。この種の商売の客引きは、昔も今もかわらないらしい。

 ただし、たまには取り締まりがあるからご用心。

けいどうで羽織を一つ棒にふり    江戸川柳

「けいどう」は「警動」で私娼窟への手入れのこと。慌てふためいたお客は羽織をおいたまま逃げたのだろう。いまなら、会社のバッジがついた背広を着ずに逃げ帰ったくらいのことか。

 どうやら隠し町で長話をしすぎたようだ。「岡惚れ」はまたの機会にしたい。

興津要著「江戸小咄女百態」を参考にしました。
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