ユリウスさんのブログ

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「ローマ人の物語」-哲人皇帝

 プラトンは哲学者に政治をゆだねることを理想としたが、この理想が歴史上だだ一回実現した例がある。それがローマ皇帝、マルクス・アウレリウスの場合であった。

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 この内省的な皇帝の「自省録」に綴られている独白を読むと、わが国の政治家の中にも、選挙のことを意識した発言や行動をするだけでなく、自分の哲学を持って国民のリーダーたるべき人物が現れてくれること期待せざるを得なくなる。以下に心ひかれたアウレリウスの言葉を抜粋します。


 塩野七生さんは「ローマ人の物語 終わりの始まり『上』29」の中で、アウレリウスのことをこう語り始める。
「五賢帝の最後を飾る人であり、哲人皇帝の呼び名でも有名なマルクス・アウレリウスほど、評判のよいローマ皇帝は存在しない。同時代から敬愛されただけでなく、現代に至るまでの二千年近くもの長い歳月、この人ほど高い評価を享受しづづけたローマ皇帝はいなかった。」

 翔年はマルクス・アウレリウスが皇帝として如何に英才を発揮し、如何に善政をしいたかと言うことはあまり知らなかったが、一個人の謙虚な観照者としての皇帝に以前から関心をよせていた。そういう訳で、今日は塩野さんの「ローマ人の物語29」を離れ、蛮族の侵入や反乱平定のために東奔西走した哲人皇帝が、わずかに得た孤独の時間に、自らを省み、日々の行動をどのように点検したかを、神谷美恵子著「自省録」からピックアップしてアウレリウスをしのぶ事としたい。

「教えられたこと、学んだこと」
1 祖父からは清廉と温和(を教えられた)。
2 父からはつつましさと雄々しさ。
3 母からは神を畏れること、および惜しみなく与えること。悪事をせぬのみか、これを心に思うさえ控えること。またかねもちの暮らしとは遠くかけはなれた簡素な生活をすること。
4 家庭教師からは労苦に耐え、寡欲であること。自分のことをやって、余計なおせっかいをせぬこと。中傷に耳をかさぬこと。
 → 幼いときは母親の胸と膝の上で育てられたそうである。母方の実家が大変な資産家であったから、成人になるまでは完璧な家庭教育を受けている。

5 ルクティクス(親しい相談相手)からは、自分の性質を匡正し訓練する必要のあるのを自覚したこと。詭弁術に熱中して横道にそれぬこと。けちなお説教をしたり、道に精進する人間、善行にはげむ人間として人の眼をみはらさせるようなポーズはとらぬこと。修辞学や詩や美辞麗句をしりぞけること。(中略)エピクテートスの書きものを知ったこと。この本を彼は自分の書庫から出してきてくれたのであった。 
→ 翔年もエピクテータスは好き。「もの言う翔年」のサブタイトル、『行為にあらず、行為に関する意見こそ、人を動かすものぞ。』はエピクテータスの言葉です。

6 アポロニウス(哲学者)からは独立心を持つことと絶対に僥倖をたのまぬこと。たとえ一瞬間でも、理性以外の何者にも頼らぬ事。(中略)同一の人間が一方では烈しくありながら、他方では優しくありうるということを生きた例ではっきりと見たこと。
 → 一世紀に「理性以外の何者にも頼らぬ」といいきる強さにはびっくりし、感動します。

7 アレクサンドロス(哲学者)からは「私は暇がない」ということをしげしげと、必要もないのに人にいったり手紙に書いたりせぬこと。
 → この意見に大賛成です。最近、「忙しい」とか「時間がない」を口癖にしたり、言い訳にする人はやたらに多い。
 失礼ながら、最近ある有名教授のBlogでも、如何に自分が多くの仕事をやっており、大活躍しているかがくどくどと書いてあり、あまり忙しいので断筆宣言するとまで、わざわざ書いてあるのを見ました。
 忙しいという漢字を分解すると「心を亡くす」だそうで、2000年も前にアレクサンドロスが仕事の亡者になることの愚を説いており、それをアウレリウスはキチンと受け止めていたのですから大したものです。

8 セウェールス(兄弟)からは、家族への愛。真理への愛。正義への愛。(中略)万民を一つの法律の下に置き、権利の平等と言論の自由を基礎とし、臣民をなによりもます尊重する主権をそなえた政体概念を得たこと。
 → 法の下の権利の平等とか言論の自由とか、2000年前のローマ人がこのような高いレベルの政治思想を持っていたことに驚きます。このような立派な普遍的価値の分かる思想の持ち主が皇帝だったのです。

「人生観、死生観」
1 なんとすべてのものはすみやかに消えうせてしまうことだろう。その体自体は宇宙の中に、それに関する記憶は永遠の中に。すべて感覚的なもの、特に快楽をもって我々を誘惑するもの、苦痛をもって我々を恐れしむるもの、虚栄心の喝采をうけるものなどは、どんなものなのであろう。なんとそれはやすっぽく、いやしく、きたなく、腐敗しやすく、死んでいることだろう。これは我々の知能で理解のできることだ。
→ 唯物論者だったと思われる。

2 何かするときいやいやながらするな、利己的な気持ちからするな、無思慮にするな、心にさからってするな。君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。余計な言葉やおこないをつつしめ。(中略)
曇りなき心を持ち、外からの助けを必要とせず、また他人に与える平安を必要とせぬように心がけよ。(人に)まっすぐ立たせられるのではなく、(自ら)まっすぐに立っているのでなければならない。
→ いまの言葉で言えば自発心、自律心を持てということか。

3 人は田舎や海岸にひここもる場所を求める。君もまたそうした所に熱烈にあこがれる習癖がある。しかし、これはきわめて凡俗な考え方だ。というのは、君はいつでも好きなときに自分自身の内にひきこもることが出来るのである。実際、いかなる所といえども、自分自身の魂にまさる平和な閑寂な隠れ家を見出すことは出来ないであろう。この場合、それをじいっとながめているとたちまち心が完全に安らかになってくるようなものを自分の内に持って居ればなおさらのことである。
→ こういう考え方は知的で大好き。「自省録」の中でしばしば「君」という言葉が出てくるが、これは他の誰でもない、アウグストスが自分自身に呼びかけていると解すのが適当なように思える。

4 死は誕生と同様に自然の神秘である。同じ元素の結合、その元素への「分解」であって、恥ずべきものでは全然ない。
→これでハッキリ唯物論者といえると思う。
この皇帝のあと、ローマもキリスト教に席巻されやがてヨーロッパは暗黒の中世を迎えることになる。塩野さんの「ローマ人の物語」の文庫本続編が待ちどおしい。
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