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[人物伝]ソニーの創業者の隠れた素顔(2/2)

トランジスタへの取り組み

 1953年8月、盛田ははじめて渡米した。目的はトランジスタの特許使用の件で、WE(ウェスタン・エレクトリック)社と契約を結ぶことであった。実はその前年の52年に相棒の井深が、テープレコーダーの視察調査を目的として渡米していた。日本で彼らが開発したテープレコーダー(当時テープコーダーと呼ぶ)の販売が軌道に乗り、海外での販売戦略に乗り出そうとしていたのである。
 しかし、アメリカは当時まだテープレコーダー市場が成熟していなかった。講演の速記や報道機関のメモの代用品として使われているにすぎない。井深は拍子抜けした。その渡米中の井深にトランジスタの話が飛び込んできた。WE社が特許を望む会社に公開してもいいと言うのである。井深は技術者の勘で「トランジスタをやってみよう!」と思った。すでに120人を超える社員を抱えており、テープレコーダーだけではいずれ限界が来ることは目に見えていたからでもあった。
 これは危険を伴う大きな賭でもあった。特許料が2万5千ドル、日本円にして900万円。1年間の利益が吹っ飛んでしまう。井深はトランジスタを使ったラジオを考えていた。しかし、アメリカの技術者は誰もが否定的であった。トランジスタの歩留まり(良品化率)が悪すぎて、アメリカのメジャーな会社も成功していないと言うのである。
 しかし井深には自信があった。「歩留まりが悪いのは、どこかに欠陥があるからだ。その欠陥さえ見つけだせば、歩留まりはパッと上がるはず。歩留まりが悪いものほど、やるべき価値があるはずだ」。
 帰国した井深に大多数の社員は反対した。「危険すぎる。これは大会社がやるべきことだ」と。しかし、盛田は賛成した。やるだけの価値がありそうに思えた。二人は大いに盛り上がった。井深が、「真空管の代わりにトランジスタを使えば、超小型のラジオができる」と夢を語れば、盛田は、「日本人は昔から小さな物や小さくまとまった物が好きだ。掛け軸はきちんと巻物になるし、屏風もたたんでしまい込むことができる。我々はワイシャツのポケットに入るような小さなラジオを作ろう」と言って応えた。この二人の夢が他の社員の反対を押し切った。

メイドインジャパンのイメージ

 トランジスタの契約ではじめてアメリカを見た盛田は、そのスケールの大きさに圧倒されるばかりであった。「なぜ、こんなとてつもない国と戦争したんだろう」。盛田はあらためてこう思わざるを得なかった。WE社との調印を済ませた後、盛田はヨーロッパ視察に向かった。
 最初の訪問先はドイツ。長い伝統を持つドイツの優秀な技術に脱帽した。こうした国とどのようにして競争していけばいいのか。盛田の気持ちはしばし打ちのめされる思いであった。それに追い打ちをかけるようなことが、次の訪問国オランダで起こった。レストランで盛田はアイスクリームを注文した。注文の品を持ってきたボーイは、アイスクリームの上に飾りとして乗せてあった日傘を指して言った。 「これは、あなたのお国のものですよ」。
 ボーイの何気ない言葉に盛田の心はひどく傷ついてしまった。「彼らのメイドインジャパンの認識などは、この程度のものなのだろう。メイドインジャパンとは、安手の雑貨物にすぎないのだ」。このイメージを何としても変えたかった。盛田の最初の目標が決まった瞬間である。盛田は後に次のように語っている。「私は輸出業者として、メイドインジャパンのイメージを変えたかった。それが私の最初の目標でした」。
 盛田の最初の渡米からちょうど2年目の1955年8月に、日本初のトランジスタラジオ「TR―55型」が完成した。自社でトランジスタを製造し、その石を使ってラジオを作ったのは、東京通信工業(現ソニー)が世界ではじめてであった。これ以降、世界初、小型化というコンセプトは、東通工のお家芸となっていく。
 このトランジスタラジオは国内はもとより、海外でも売れに売れ、日本はトランジスタ王国と呼ばれるほどになった。ソニー・ブランドが世界中に認知されたのである。

二人三脚

 ソニー発展は盛田と井深の二人三脚が原動力の中心となっていたことを疑う者はいない。夫唱婦随という言葉がある。夫が言い出し、妻がそれに従うという意味であるが、この二人にこそ、この言葉が相応しい。
 発明家で天才肌の井深を盛田は女房役に徹して支えてきた。井深はプライベートでも公でも、何でも盛田に相談したため、井深夫人はあきれて、「どうして私より先に盛田さんに相談なさるの」と言ったという。
 井深は前しか向いていない。色紙には常に「創造」と書いた。何十年ぶりで人が訪ねてきても、訪問の目的を聞いて、何か新しいものがないとなると会おうとしなかった。過去を懐かしむという価値観がなかったのであろう。社史を作ることにも全く関心を示さなかった。過去の実績を並べ立てても意味がないという考えなのだ。
 ウェットな体質の人が井深を理解することは難しい。そこを見事にフォローしてきたのが盛田であった。前しか向こうとしない井深を、盛田は前後左右上下を隈無く気を配りながら支えてきた。天才型の井深には実務家の盛田が必要であり、盛田にしても井深を守るのは自分しかいないという自負心があった。
 このコンビで、今日の「世界のソニー」を築き上げてきた。20世紀の後半、戦後の日本の発展を支え、メイドインジャパンという日本ブランドを定着させた功績はあまりにも大きい。1999年10月3日、盛田は2年前に亡くなった井深の後を追うように、静かに息を引き取った。20世紀後半の日本経済の発展を象徴する人物の死であった
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登録日時:2007/10/08(23:29)

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