統合報告書の質的向上に向けて~KPMGの分析レポートに学ぶ

著者:鈴木 行生
投稿:2019/05/07 14:13

・KPMGから統合報告に関する調査が公表され、そのセミナーが3月末に催された。この報告の中から興味深い点について、いくつか取り上げてみる。

・「日本企業の統合報告書に関する調査2018」は5回目となるが、その報告の内容は一段と充実しており、大いに参考になる。

・統合報告書(IR:Integrated Report)の発行企業数は、2018年版で414社(前年度比+79社)となった。5年前が95社であったから、大きく伸びている。実際、東証1部上場(2018年末2128社)の時価総額の58%(382社)を占めた。

・発行は2018年7~9月に集中し、英文版は日本語と同時から2カ月後までとなっている。作成の所管では、従来のIR広報から経営企画主導になるところが増えている。統合思考による経営を推進するには、新しい試みを伴って会社全体を動かす必要があることによる。

・統合思考をどのように実践しているか。価値創造のストーリーをきちんと創り上げて、それをわかりやすく見える化することが求められる。KPMGでは、統合を、①経営環境、②中長期、③非財務、④ビジネスモデル(BM)の変革、⑤社会・経済価値、⑥ステークホールダー、⑦戦略目標の7つの視点から、そのつながり(コネクティビティ)をみている。

・価値創造のプロセスを、図で示している企業が増えている。資本(キャピタル)を使って、アウトプットを作り出し、それがアウトカムにどう結びついているか。ここの説明を上手くできるかどうかが問われている。

・単にオクトパスモデルを当てはめればよいというものではない。自社の価値創造の仕組みであるBM(ビジネスモデル)のユニークな表現がカギとなっている。

・わが社の企業価値創造にとって、何がマテリアルなのか。このマテリアリティ(重要項目)をどのように認識するか。CSR(企業の社会的責任)におけるマテリアリティとIR(統合報告書)におけるマテリアリティは異なる。

・ここを昇華できていない企業も多い。マテリアリティの設定において、それを経営トップがきちんと認識しているか。マテリアリティの設定を、マネジメントの俎上にもってくる仕組みを内在しているかどうかが重要である。

・マテリアリティは、1)社会的課題のうち自社に関わるもの、2)自社で意欲的に取り組むものだけではない。新しい企業価値を創り出していく上で、自社のキャピタルに足らないものは何か。その中でマテリアルなものをいかに揃えていくか。3)社内の経営資源に関するマテリアリティも極めて重要である。

・企業価値創造において、そのリスクと機会をどのように説明するか。リスクについて説明するだけでなく、機会についても説明する企業が増えている。

・リスクとは、自社でコントロールできないものなのか。すぐにはコントロールできないが、継続的に努力してマネージできるようにしていくのか。その姿勢が問われている。リスクがコントロールできれば、実は機会にも結びついてくる。

・まずは強みと機会を強調する。次にリスクと機会を検討する。リスクに対してどのような手を打っているか。しっかり対応できる中身があれば、書きっぷりもよくなる。

・打つ手がすぐに見出せない場合は、課題指摘に留まることもやむを得ない。一般論に逃げることなく、企業として受け止めているかどうかを投資家はみていくことになろう。

・財務戦略について、それを体系的に説明している企業は多くない。経営戦略を踏まえて、バランスシートのあり方、投資の中身、資金調達の方法、それを踏まえた資本効率の追求、ROIC、ROE、資本コスト、配当について、財務戦略として語っている企業は少ない。過去の実績だけでなく、今後どうするのかという点についてもCFOが説明してほしい。

・KPI(重要経営指標)としては、財務、非財務ともできるだけ具体化してほしい。将来についてコミットしたくないという気持ちが出てくるようでは困る。

・定量的に定めきれないのであれば、定性的にでも方向を明確にすることが望ましい。その時にも、一般論ではなく、わが社の価値創造に引きつけて流れをみせる必要があろう。

・コーポレートガバナンスについては、基本方針を定め、制度選択の理由を説明する企業が増えている。しかし、その実効性評価や取締役の選解任となると、まだこれからである。

・年々IR(統合報告書)のレベルは上がっており、ベストプラクティスといえる事例も増えている。KPMGでは、大和ハウス工業、三菱ケミカルホールディングス、J. フロント リテイリング、資生堂、GSK(グラクソ・スミスクライン)などの例をあげて、あるべき方向を示唆した。

・これらの報告を踏まえて、KPMGでは3つの提言を出している。IRの質的向上に向けて、第1に、経営者や取締役会は深く考え抜いた価値創造ストーリーを伝えよ、という。第2に、ESG、SDGsなどの流行りのキーワードに惑わされることなく、統合思考に基づく経営を示せ。

・そして読み手の理解を促すために、第3に、実績をベースに将来をみるだけでなく、長期の目指すべき姿から現在をみるという視点も取入れて、価値創造の実態と進捗状況を示せ、という提言を行った。

・実に的確である。1)本音ベースでよく練れたストーリーを実践している会社のIR(統合報告書)は読みがいがある。

・2)それでも、今後どうなるのか、どうするのかという点で、もの足らないことも多い。価値創造の仕組みは逐次イノベーションしていくので、会社としてまだ語れないことも多いとみられる。

・3)それでも投資家は、将来の価値創造のしくみであるBM(ビジネスモデル)の構築について知りたい。ここにフォーカスして、マテコネ(マテリアリティとコネクティビティ)を追求するならば、IRは一段とよいものになろう。

・すべての上場会社は、IR(統合報告書)を用意すべきである。これは、会社がステークホールダーに示すベーシックレポートである。これに対して、投資家は自らの思いをぶつけていく。ないものねだりではない、本物のエンゲージメント(対話)が充実することになろう。そうなると投資家の質も問われているので、くれぐれも胆に銘じて精進したい。
 

日本ベル投資研究所の過去レポートはこちらから

配信元: みんかぶ株式コラム