武者陵司 「新産業革命における米国の圧倒的競争力」 [後編]

配信元:株探
投稿:2017/07/29 10:35

―最大要因は資本市場の効率性―

【3】資本市場激変の背景にある事実、利潤率と利子率の乖離

 伝統の枠を超えた金融政策が求められているのは、米国金融資本市場自体が大きく変化しているからである。変化の第一は間断ないコンピュータネットワーク技術の発展である。Eコマース、Eトレード、E決済、Eファンディングの進展、フィンテック、ネットでの情報伝播など、金融を構成する機能が急速にネットにより代替されている。

●教科書に書かれていない現実、高利潤下の金利低下

 より重要な第二の環境変化は、米国をはじめとする先進国金融資本市場において資本余剰が強まっていることである。世界的貯蓄過剰(バーナンキ氏)だけではなく、米国においても家計と企業での金融資産蓄積は大きい。家計金融資産/GDP、一人当たり金融資産は上昇する一方である。また企業部門でも高水準の利益が続く一方、投資資金需要は十分でなく、資金余剰(特に海外での留保利益甚大)が定着しているが、それはフリーキャッシュフローが恒常的に黒字化していることからうかがわれる。こうしたことが長期金利を傾向的に押し下げている。

 今の資本市場が直面する金融困難を説明する不等式は「r1>g>r2」(r1が企業の儲け・利潤率、r2は企業の資本コスト・金利・利子率、gが成長)である。2つの不等式が同時に起こっているのが現在の情勢の大きな特徴である。利潤率が高い、つまり企業が儲かっており、配当率は2%、企業の益回りは5%、そしてROEは14%と高い。では、企業が商売をやる時に必要な資金の調達コストはというと、10年国債利回りは2%台と、この両者との乖離が著しく大きくなっている。

 一般に、利潤率と利子率はほとんど連動すると考えられる。景気が良くて企業が儲かる時には当然金利が上がる。そもそも利潤も利子も資本のリターン、利潤率と利子率は、本来おなじものなのだから、「r1=r2」これが普通の教科書的な経済の姿である。しかし、今起こっているのはr1とr2が極端に乖離し、そのサンドイッチになって成長率が停滞していることである。

 資本市場の使命は適切な資本配分により最大の経済的厚生(インフレ抑制下の雇用増大)を実現することである。しかし利潤率が一方方向に上昇し、利子率が一方方向に低下するという環境の下では、従来型の金融政策では資本配分の非リスク資産への偏りを是正できず、経済厚生を実現できない。そればかりか資本の退蔵を高め、デフレの危機を強めてしまう。こうした環境の下で従来の常識からすれば、奇策、禁じ手が必要不可欠になってしまったのである。量的金融緩和はそうした現実に対する挑戦といえる。

●グリーンスパンの謎の原因、新産業革命仮説が最も説得的

 この「r1>r2」という普通ではない現実は、企業が産業革命に伴う生産性向上により、著しい超過利潤を獲得していることに根本の原因があると考えられる。IT、スマートフォン、クラウドコンピューティングなどの新産業革命は、グローバリゼーションを巻き込み、空前の生産性向上をもたらし、労働投入、資本投入の必要量を大きく低下させている。このミクロでは明白な生産性の向上が、マクロ統計には表れていない。それどころか主要国の労働生産性はリーマン・ショック以降顕著に低下している。

 いくつかの仮説が考えられるが、ミクロで節約された資源が、マクロでは活用できずに遊んでいるということが最も妥当な解釈ではないか。つまりミクロの節約が企業収益の顕著な増加をもたらすと同時に、マクロ的には「slack(余剰)」を生んでいるのである。この利潤率の上昇、利子率の低下というかい離現象はほぼ20年にわたって続いている。グリーンスパン元FRB議長が2005年コナンドラムと指摘したが、イエレン議長の現在も大きな不思議として再認識されている。

●株価上昇はバブルではない

 この資本余剰状態は恒常的に資産価格に上昇圧力を与えており、それはリーマン・ショック前も後も続いている。それによって上昇する資産価格はバブルか、錬金術なのか。現在のところ米国の資産価格上昇には十分な根拠がある、と言ってよい。第一に企業収益の裏付け、つまり価値創造の実態がある。第二に効率的企業財務が自社株買いやM&Aを通して株式価値(ROE)を押し上げている。第三に資産価格上昇が経済拡大の好循環を引き起こし更なる企業業績向上をもたらすという好連鎖が起きている。家計純資産の大幅増加が消費拡大の推進力になっているし、企業のリスクテイク能力の増大は財務的・実物的投資増加をもたらし、余剰労働力の吸収が進展している。

 このように考えればFED viewに基づく米国の金融政策は見事に功を奏したと言える。対してBIS viewによるバブル事前抑制論が危険性の高い政策であり、その影響が強かった日本で長期デフレが定着したことが想起される。

【4】市場原理に忠実な米国の金融主体、世界の金融イノベーションを主導し続けてきた

●世界一効率的な米国資本市場

 このように米国の資本市場の効率性、先進性は際立っている。それは米国金融資本市場が、世界で最も資本の合理性追求に厳しく、市場金融化が浸透してきたことと関連している。米国金融資本市場の構成主体は、以下に見るように市場親和的なビヘイビアを特徴としている。

 まず家計は資産運用において現金預金比率が著しく低く、株投信など市場性商品が運用対象の大半である。また企業金融は内部資金中心で銀行借り入れは僅少であり、高ROE、資本効率を求める株主の圧力により、企業は財務レバレッジを大きく高めている。つまり、IPOの増加にもかかわらず、自社株買いによりネットの株式発行はマイナスが続き、債務の増加もあり、Equity to debt swapと言える現象が続いている。そしてそうしたリスクテイクは市場における資産価格上昇(株高、ジャンク債リスクプレミアム低下、長期金利低下)により、家計と企業部門に「好都合」の現実となり続けている。

 米国企業は、利益が高成長する一方、資本生産性の上昇(技術革命による設備コストの劇的低下)により恒常的にフリーキャッシュフローが余剰となっており、それを株式配当と自社株買いでほぼ100%株主に還元している。つまり余剰資本を抱え込んでいない。

 更に金融機関経営が大きく変化している。リーマン・ショック以降、収益スプレッド縮小、規制強化(DF法)、ネット証券の浸食などにより、セールス&トレーディングの収益が急低下し、アドバイザリー業務などより知的付加価値部門へのシフトを迫られている。ヘッジファンドビジネスの退潮、資産運用・個人向けはRIA(Registered Independent Adviser)の登場で変容を遂げている。金融機関はより知的な価値創造へのシフトを迫られている。

●米国で花開いた金融イノベーション(新仕組み、新商品)

 そもそも現在の米国資本市場の効率性は、米国が20世紀以降、世界の金融イノベーションをリードし続けてきたことの延長上にある。(1)銀行ローンより債券発行という金融形態(米国資本市場を支えた基軸は20世紀初頭の鉄道債発行など債券発行による資金調達が主であった)、(2)経営者支配の確立(1932年バーリ・ミーンズによる所有と経営の分離)、企業の社会化の進展、(3)逸早い金融自由化とディスインターミディエーション、機関投資家現象、ERISA法(1974年)制定による退職年金の運用責任からコーポレートガバナンスの確立、(4)MMF、CD、先物市場CMEの創設、ジャンク債の創設、証券化商品、シャドーバンキングの発展など、資金調達手段、資金運用手段の多様化が進展し、市場のマッチング機能が飛躍的に高まったこと、(5)企業財務の変化、多様化→M&A、LBO、株主アクティビズム、グリーンメイラー、自社株買い、デレバレッジ、株式ボーナス・ストックオプション、等々。これらは資本の合理性のあくなき追求と言え、米国資本主義の健全性を示している。

 改めて米国資本市場の強さの要因を列挙すると、(1)労働と資本市場が流動的、効率的で、資源配分が迅速に変化できること、(2)金融政策の効率性(日本の誤りvs米国の成功)、(3)ガバナンスの透明性、(4)ルール設定で世界トレンドをリードできること、(5)オリジネーション(商品製造力)、販売力(市場アクセス)で世界を圧倒していること、等が指摘できる。金融とは究極のプラグマティズムである。米国の企業経営に対しては、短期主義、格差、経営者の高給と強欲、等の批判がなされるが、それらは米国の資本市場のリスクキャピタルの提供と活発なイノベーションの副作用と言えるものであり、アプリオリの批判は当たらない。

 最後に米国労働市場の効率性にも言及しておく。主要国の労働市場の弾力性を比較すると、米国の労働市場の対GDP弾力性が最も高いことが明瞭である。資本と並んで労働市場の効率性も米国の先進的イノベーションを支えていると言える。

●展望

 以上の検証から、米国金融資本市場の相対的優位性は続く。最も市場変化に対して柔軟な米国の特質により、今後も新しい金融ビジネスモデルは米国で生まれるのではないか。

 今や、世界各国は新産業革命に直面し、そこで勝ち抜く競争を展開している。古い分野から新しい分野へ、資本と知的資源、労働力を移転させなければならない。米国がこの競争に大きく先んじているのは、資本市場と労働市場が最も弾力的で、資源移転がスムーズであるからに外ならない。

 例えば10年前、ドイツとフランスの失業率は10%でほぼ同じであったが、今日ではフランスが10%で変わらないのに、ドイツは4%へと大きく低下した。この格差は、15年前のシュレーダー政権が行った、労働市場改革による労働市場の効率化が決定的だったと言われている。ここに焦点を当て、改革を主張したマクロン氏がフランス大統領選挙で勝利したばかりか、議会選挙においても、既成政党を凌駕する圧倒的議席数を確保した。フランスでは捲土重来を期した大改革が始まるだろう。

 日本には、労働市場と資本市場の硬直性が主要国の中で最も高い、という欠点がある。それがありながらも、過去最高の企業収益を上げているのだから、大したものだが、それにドイツで行われたような労働市場改革、アメリカに見られるような資本市場の効率化が加わるなら、将来展望は大きく開かれるはずである。資本市場改革はスチュワードシップコードの策定、コーポレートガバナンスコードの策定、GPIFなど公的機関投資家改革等、大いに進展した。また敵対的M&Aが受け入れられつつある。労働市場改革においても政権のイニシャティブに期待したい。

(2017年7月26日記 武者リサーチ「投資ストラテジーの焦点302号」を転載)

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