元祖SHINSHINさんのブログ

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大島渚をブン殴った男

あの男は、酔っ払いの代表だったのかも知れない。
その短気な様子は、横山やすしの様でもあったろうか。

 

短気な男は、相手が誰であろうがブチ切れるのが常なのだが、
ブチ切れた相手が同様に短気な男だと、ことはこじれる。
けれども、そのブン殴り方が双方とも、
なんともヒョロヒョロとした猫パンチだったのには、笑った。

 

だけど『火垂るの墓』には、参ったからな。

 

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(略)言葉があやふやでも、生きてはいけるだろう。
だが、国の根幹は母国語にある。
古来より植民地となった国は、支配国の言葉を強制され母国語を失い、
母国語を基盤に、受け継がれた文化、伝統も壊される。
陸続きで国境を接する国は、だからこそ言葉を大事にする。

 

自分の国の言葉をいい加減に扱うということは、自ら植民地を希望するようなもの。

 

言葉は大人が教える第一のもの。
自分の言葉で相手に伝えるためには、日本語の豊かな実りを血肉と化す必要がある。
これは子供のうちから美しい日本語を身近にするしかない。

 

教育と家庭、どちらも大事。
ある程度、強制的に覚えさせなきゃ身につかない。

 

勅撰和歌集にみられる美しい日本語。
源氏物語、今昔物語、あるいは伊勢物語、徒然草や方丈記も、判らなくても読んでおく。

 

古典ははじめ意味不明でもそのうち文法、言いまわしに通じてくれば判ってくる。
古典は何しろ現代の言葉の根っこなのだ。
あとは漢文、これもリズムや調子を覚えていけば、どこかで一緒になる。
そして小説、文体や内容で異なるが、
さまざま読んでみることで、語彙や考え方が豊富になる。

 

ちょっとくらい偏ってもいい、そうやっていくうち、日本語とのつきあい方が判る。
自国語としての日本語をしっかり身につければ、他者とのコミュニケーションも成り立つ。
これは相手が日本人であろうと外国人であろうと通用する。
物を考える基盤ができる。
日本語には、きめ細やかなニュアンスが秘められている。
物事を多方面からとらえ、対象物との間隔の大小によって表現が異なる。
また美しい言葉が多い。
これは、やさしい日本の四季に培われた独特の風情である。

 

自国の言葉を子供のうちに身につけておけば、人づき合いの土台となり、
物事のとらえ方が広くなる。そして終生忘れない。

 

だがその日本語の豊かさを伝えるはずの身近な大人の言葉が貧しくなった。

一番近くにいる大人である親は、言葉ではなく、物を与えて良しとする。
親子がそれで完結してしまう。

 

テレビや新聞によく登場する政治家はもはや言葉を持っていない。
国会における答弁は、ノラリクラリ。質問をはぐらかす要点を誤魔化すことに終始、
国家の先行きについて議論を交わすなど、夢のまた夢。
空疎なスローガンを繰り返し、そこに意志は働いていない。
手垢のついたカードを出し入れ、あるいは並べ替え、
始末に悪いのが、それが政治だと思っている。
自分の言葉じゃないのだから、すべて他人事となる。

 

薄っぺらな言葉が飛び交い、今を招いた。
日本の言葉は、高度成長と反比例して貧しくなってしまった。

 

戦後の日本、食いものはアメリカの政策にまんまとしてやられ、
米国食によって侵略された。食の面で日本はすでに植民地。

 

言葉の場合、アメリカの存在とはかかわりなく、日本が勝手に自滅した。
自国語を失うことは、これまた植民地と同じ。

 

言葉を失い、食いものを失った国は滅びる。
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『日本民族へ、お悔やみを申し上げる』
  ~自ら滅びゆく戦後日本 救いなき民族への挽歌~
★「終末の思想」
    野坂昭如著 NHK出版 700円+税 2013.3.10.第1刷
    『言葉を失い、民族は滅びる』P.171~173より抜粋

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