ユリウスさんのブログ

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湯川秀樹博士と夏目漱石の接点

 正月のゆったりした時間の中で、天才物理学者、湯川秀樹せんせいの随筆「旅人」(昭和35年初版)を読んだ。湯川先生の随筆は岩波書店「現代科学と人間」(昭和36年刊)など、折にふれて親しんできたが、「旅人」の中でなかなか面白い発見があった。それは湯川先生と夏目漱石の不思議な接点です。

 夏目漱石の「行人」に三沢氏が胃を悪くして大阪の病院に入院している時の話がある。
 「院長は大概、黒のモーニングを着て、医員と看護婦を一人ずつ随(シタガ)えていた。色の浅黒い、鼻筋の通った立派な男で、言葉使いや態度にも、容貌の示す如く品格があった。三沢氏が
『まだ旅行などは出来ないでしょうか』
『潰瘍になると危険でしょうか』
『こうやって入院した方が、やっぱり得策だったのでしょうか』
などと聞くたびに、院長は
『ええ、まあそうです』
ぐらいな簡単な返事をした。」
 小説の中の何でもない病院の風景に見えます。何の問題もありません。ところが、実は漱石は明治41年、胃潰瘍を患って、大阪の今橋三丁目にあった湯川病院に入院しているのです。湯川病院というのは奥さんの実家で、湯川玄洋氏は義父に当たるそうだ。

 湯川先生の随筆ではこう書いてあります。
「『行人』は大正元年から二年にかけて、朝日新聞に連載された。漱石が『行人』の中で玄洋を目に浮かべながら書いていたことは確かである。」

 「それがどうした?」と言われればそれまでのこと。ただ、湯川先生と漱石は翔年が尊敬してやまない人物です。わが国の誇る文豪と理論物理の巨人が小説と随筆の中で対話しているのは何かの縁、複雑な人生モザイク模様の一片を見る思いがしたことを記しておきたかっただけ。
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