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[人物伝]帝王ビル・ゲイツの誕生

ビル・ゲイツは、1955年10月28日、米ワシントン州のシアトルで誕生した。情報技術業界の歴史を変える人物が、この世界に生を受けた瞬間だ。父親は弁護士、母親は銀行家の娘という比較的裕福な地位の家に生まれた。

彼がはじめてプログラムを書いたのは13歳の時巨大で、低速で、タイプライターとプリンターだけのコンピュータで三目並べ用の単純なプログラムを書いたという。

彼がこの時触っていたコンピューターは、私立レイクサイドスクールの母親クラブの発案で生徒にコンピュータを与え、自由に使わせようとしたものだった。近年になって、ようやく教育機関が積極的に学校にコンピュータを配置しているが、当時は、一般人がコンピュータを見る機会など、まずなかった時代である。この時代に、コンピュータの導入を考えた母親クラブの方々の決断はすばらしいものである。この決断がなければ、Microsoft と皇帝ビル・ゲイツは誕生しなかったかもしれない
ある意味では、この母親クラブの方々こそ先駆者と呼んで良い
(ゲイツが、コンピュータを使った教育を推奨する理由もわかる気がする)。

こうしてはじめてコンピュータに触れたビル・ゲイツは、マシンに魅力を感じたという巨大で、高価で、大人用の難しいマシンを制御できることが、彼はたまらなかった。自分で作ったプログラムが動くかどうか、すぐに結果を得ることができる、
取得した知識の手応えを感じることができる、プログラムの開発に彼は夢中になったのだ。ただし、勉強していたのではない、ビル・ゲイツは難解なコンピュータで遊んでいたプログラムを作り、それを改良したり友達と見せ合ったりして楽しんでいた。

彼がこの時、好んで使ったプログラミング言語は後に世界中の開発者が使うことになるBASIC言語である。そして、この BASIC が Microsoft 誕生のきっかけとなる。

この当時、世界にはまだ「パーソナルコンピュータ」という言葉はなかった。巨大なコンピュータを大学などが保有し、端末からそれにアクセスするという形態が一般で個人がコンピュータを所有するという概念が、根本にない時代である。(ただし、すでに携帯コンピュータが登場することを予言した人物はいた)この時代は定型処理用汎用機の開発で牛耳っていた IBM 帝国の時代である。彼は、コンピュータを使うにもお金がかかるようなシステムが不満だった。そして、個人でコンピュータを所有するという時代を夢見ることになる

ビル・ゲイツが私立レイクサイドスクールに通学している時代
彼にはポール・アレンという一人の友人がいた。この人物こそ、後にビル・ゲイツと共に Microsoft 創立する人物である。

ビル・ゲイツやポール・アレンと数人の仲間達はコンピュータの利用料金を支払うために、簡単なプログラムの仕事をはじめた。その稼ぎは一夏にして5千ドル、学生にしては多すぎる金額である。この時から、彼らは企業との取引やビジネスについて暗黙的な知識を得ていったのだろう。

ビル・ゲイツとポール・アレンには、技術能力で面白い特徴があるビル・ゲイツはソフトウェアの開発能力に優れ、ポール・アレンはハードウェア専門だったのだ。ゲイツに比べ、アレンはハードウェアに対して知識を持っていた。この二人の組み合わせは、互いに弱点を補完する非常に良い関係だったのだろう。

彼らが、こうしてコンピュータの知識を着実に身に着ける一方で1971年、世界初のマイクロコンピュータ用のLSI 4004 をインテルが発表4ビット CPU という、今から見ればお粗末な機能だが当時にしてみれば、世界ではじめてのマイクロコンピュータの誕生だった。

翌年、1972 年の夏、彼らに転機が訪れたポール・アレンは、「ポピュラー・エレクトロニクス」誌というコンピュータ雑誌を持ち143ページにある記事をビルゲイツに見せた。そこには 4004 を開発したインテルが、8ビットの 8008 を開発した記事だった。これは、日本の精工舎が高級卓上計算機用に設計してインテルに依頼したものだった。

この記事を見て、彼らは確信した。性能は、大規模なコンピュータに比べればごく限られたものである。しかし、この小さなチップがより強力になって、マイクロコンピュータが普及することを…。

8008 を扱うには、これまで多くの人が親しんでいた言語を使えなかった。過去、当時にしてみれば小さかったミニコンピュータで BASIC を開発した経験のあるゲイツはこの弱点を克服するために、8008 用の BASIC を作れないかと試みる。ところが、8008 の能力では、到底実現できないということが明らかになった。それでも、彼らは 8008 で簡単なプログラムを作って会社を作った。この時の会社は Traf-O-Data (トラフォデータ) と命名された。いくつか仕事があり、報酬を得るもののマシン自体を買ってくれる人はいなかった。

1973 年、ビル・ゲイツはハーバード大学に進学する。ポール・アレンもこのころ、会社に就職してミニコンのプログラムの仕事をはじめる。二人は将来について語り合っていたという。

この年は、その一方でインテルが 8080 チップの開発に成功していた。このチップこそ、Microsoft が最初にプログラムするコンピュータとなります。ゲイツたちの希望の水準に満たなかった 8008 に比べ8080 は後にベストセラーとなる強力な機能を備えていました。

1974 年、運命の年まであと一年に迫ったこの年の春、「エレクトロニクス」誌にインテルの 8080 の記事が載った内蔵トランジスタの数が 8008 に比べ大幅に増えており、これを見たゲイツたちは、もはや複雑で巨大なコンピュータの時代は終わったと感じた。

彼は、再び 8080 用の BASIC プログラムの開発に着手しようとする。そして、大手コンピュータ会社に 8080 BASIC を書こうと手紙で申し出る。しかし、その手紙に対する返信はどの会社からもなかった。

BASIC の開発で再び失望することになるゲイツであった。大手メーカーは、いまだにマイクロコンピュータの可能性に気がついていなかったのである。とくに、IBM のような汎用機メーカーは、その栄華を脅かす小型コンピュータの存在はむしろ潜在的に否定的だったのかもしれない。

さぁ、そしてついに運命の年 1975 年が訪れます。この年を境に、汎用機の時代は終わりパーソナルコンピュータの時代が幕を開きます。これは、コンピュータ業界において明治維新のような大革命となります。

その先駆けとなったコンピュータが MITS 社のアルテア8800です。8080 チップを使った、世界最初のマイコン・キット誕生の瞬間です。これは2年後、世界規模のマイコン大ブームの起爆剤となります。


帝王ビルゲイツの誕生 スティーブン・メインズ他著 
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思考スピードの経営 - デジタル経営教本 ビル・ゲイツ著 
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ビル・ゲイツ未来を語る ビル・ゲイツ著 
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登録日時:2007/10/08(23:25)

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